福沢諭吉という人は、どんな堅苦しいテーマについて語るときでも、生来のお茶目なサービス精神がついつい顔をのぞかせてしまう人のようです。
「文明論之概略」もその例外ではありません。
これは、明治初頭の市井の人々に、西洋文明という未知の大波に立ち向かっていくための心構えを説いた大真面目な本…
のはずなのに、読み進めるうちに、思わずプッと噴き出す。腹を抱えて笑い転げる。
そんな、とてつもなく愉快な文章に何度も何度も出くわすのです。
特に、福沢が好んで多用する「具体的なたとえ話」は秀逸。
腕利きの落語家のような語り口に、じわじわと笑いがこみあげ、やがて止まらなくなる。
天才的な話術の持ち主だと思います。
そんな、読者にとっては非常に有難い、楽しい「特長」を持った本ですから、若い方も尻込みする必要はありません。
他のレビュアーの方も勧めておられる、丸山真男氏の稀代の名著「文明論之概略を読む」を羅針盤にしながら少しずつ読み進めば、次第に文章のリズムにも慣れて、スムーズに文字を追えるようになると思います。
とりあえずは、巻頭の「緒言(岩波文庫版だと5ページ)」にチャレンジされてみてはいかがでしょうか。
簡潔な名文の中に、この書物のエッセンスが凝縮されていますから。
ここを読むだけでも、福沢諭吉という人のものの考え方とその魅力の一端を味わえるはずです。
(ただ、丸山真男氏は前出の著書の中で、「緒言」は、全巻を読了した後に読んだ方がかえって理解しやすいであろうという考えに基づき、その解説は著書の一番最後の部分で行っておられます)
色んなところで引用される「あたかも一身にして二生を経るが如く」という有名な言葉も、実はこの「緒言」の一節なのですが、このくだりを読むたび、私はある種の感動を覚えて、胸が熱くなります。
いくらふざけたことばかり言って読者を笑わせていても、この人はほんの数年前まで、洋学者を毛嫌いする刺客につけ狙われ、命の危険にさらされていた人なのだ。
そんな重い事実がしみじみと思い起こされてくるからです。
福沢にとって変化とは、実生活から離れたところでカラカラ虚しい音をたてて回る机上の空論ではありません。
幕末から明治初頭の激動期を、その最前線のところで生き抜いた人間だからこそ持てる生々しい現実感覚。
それが熱い血流となってこの書物の隅々までしみわたり、言葉のひとつひとつにも論の展開にも言いようのない説得力を与えていると、私は思います。