「多事争論」という有名な四字熟語や「討論」、「演説」、「会議」といった新しい日本語(訳語)を産みだした本、というレベルの知識で本書を読んだが、最近読んだ新書の中でもかなり印象深いものだった。この上巻は「文明論之概略」の1章から3章までをカバー。「文明論之概略」の解説に入る前の部分も秀逸。例えば、古典をよむ意味とは何なのかが非常に明快に説明されていて大いに納得した。また、「文明論之概略」やその他維新期の知識人の本には海外のネタ本があるが、それでも彼らの仕事にはどういう独創性があったのかを論じている箇所も非常によかった。
「文明論之概略」に関しては2章が印象的だった。国の独立には国民の精神の独立が必要で、(ハードウェアや技術もいいが)文明の精神を吸収することが最も大切だとし、その精神の重要な一形態として「多事争論」のテーマが(数々の例と共に)提起される過程はスピーディで爽快。価値の多様化から、その間に競争が起き、そこから自由の空気が生まれ、習慣の力に依存できないようになり、ここから精神の働きが活発になり文明が進歩するのだというくだりは、維新まもない頃に福沢はよくここまで言えたと関心させられる。これに関連して、「自由は不自由の間に生ず」という福沢の言葉を「諸価値が多様に分化して互いに競い合うところに生まれてくる安定、そういうダイナミックな安定が本当の安定であって、そうでないのは停滞」とする著者の説明も非常に分かりやすい。また、当時猫も杓子も政治家や役人になりたがった当時の雰囲気に対抗して(価値観を多様化するために)福沢は在野精神を持ち続けたとする説明にもなるほどと思わされた。「多事争論」に関しては他にも手をかえ品をかえ、執念的なほど(福沢の)説明が尽くされている。たとえば、どんなにすばらしい説/価値でも、それしか存在しなければ、そこから自由(と発展)は生じないとか、権力による言論統制よりも画一化した(多事争論のない)「世論」の方が危険、等々。
「多事争論」以外では、「人間万事試験の世の中」(次々に試してみて問題があれば修正していく方が、尻込みして何もしないよりずっとよいというプラグマティズム)という部分も印象的。