シリーズ文明の道第3集は仏像誕生の謎について探っていきます。そもそも、仏教徒は仏陀自信の戒めもあって仏像作りは行えませんでした。つまり、最初はイスラム教徒等と同様に信者は偶像崇拝は行わず、ストゥーパ(仏塔)のみを拝んでいました。しかし、現在のパキスタン辺りのガンダーラ平野には、紀元前のギリシャのアレクサンドロス大王の遠征軍の末裔達がそのまま住みついていて、インドの仏教徒達に取ってはタブーだった仏像作りを始めてしまった。その当時、丁度この地を治めていたのがイラン系遊牧民族の建てた王朝クシャンで、彼らは元々はゾロアスター教を信仰していていましたが、有名なカ二シュカ王等は仏教を奨励し、またそういった要求も有って、仏像は瞬く間にアジア各地へと広がっていきました。つまり初期の仏像はギリシャ人の作ったヘレニズム様式で、我々日本人から見ると余り馴染みの無い西洋風な顔立ちをしています。しかし、それもアジア各地に広がっていく内に、それぞれその地域に合った顔立ちの物に変わっていきます。この物語を見るだけでも、ギリシャ人が世界史の中でヨーロッパ世界以外の場所でも果たした役割が大きいのが感じられます。例えば、有名な古代エジプトの女王クレオパトラ7世はアレクサンドロス大王の部下プトレマイオスの血筋を引いていたし、トルコの遺跡等ではアルカイックな彫刻等も発見されています。その意味に置いて、仏像誕生の歴史も東西文化の融合と発展という歴史を、今に伝える物として面白いと思います。