本巻は歴史人口学が専門の著者による近世日本社会の分析だ。最初に日本史全体の長期的な人口趨勢が示されるが、そこに認められるのは人口増加と停滞を繰り返すサイクルだ。すなわち、縄文、水稲農耕化、経済社会化、工業化という4つのサイクル、言い換えれば4つの文明システムだ。そのうち「経済社会化システム」のサイクルというのは少々わかりにくい。これは15〜17世紀の人口増加と18世紀の人口停滞状況を指しているが、この変動は貨幣の普及・市場経済の浸透と密接にかかわっているという。著者は農業社会を、室町時代あるいは南北朝の頃を境にして大きく二つに分ける。土地に基礎を置く農業中心の社会という点は同じだが、経済システムはその前後で大きく異なるのだという。
市場経済の浸透は農民にどんな影響を与えたのだろうか。生産目的として自給および貢納以外に「販売」という要素が加わることにより利得動機が生まれる。利潤増によって生活水準の向上が可能なことを知った農民は生産高を増やそうとして、日本型水稲農耕に適する生産高アップの手段である、土地利用の高度化と投下労働量の増大に努力を傾けていく。
また労働力の質についてみれば、自発的労働意欲の低い隷属農民や融通の利かない牛馬等の家畜利用よりも、イエのためなら勤勉に長時間働き、かゆい所にも手が届く家族労働を中心にするほうがよい。それゆえ家畜数が減少するとともに、晩婚あるいは生涯未婚者が多かった傍系親族や隷属者を抱えていた大家族から、直系親族以外の者が自立していき、家族数の減少による世帯構造の変化へと帰結していった。さらに著者は、戦国時代にはこの変化が始まっていた経済先進地域の濃尾平野の状況を熟知していた豊臣秀吉が、一地一作人を原則とする太閤検地を行うことによって、政治的に小農単位の農業経営の自立を促したのだと論じているが、さすがは農民出身の天下人秀吉だなと感心した。