坪内に『古くさいぞ私は』(00)という著書があって、確か浅田彰がどこかで、「分かってるよ、そんなこと」みたいに揶揄していたのを読んだ記憶がある。そりゃ、浅田の世界とは全然違うしね。
この本で1冊、坪内は嫌っている本を取り上げていて、それは三島由紀夫・東大全共闘の対話の記録である『美と共同体と東大闘争』で、「不快。そう、今回初めてこの本を通読してみて、まず私がいだいた気持ちは、不快感だ」(p49)とまで言っている。坪内からしたら浅田は、東大全共闘の若者たちのように「観念的で小利口で、しかもズル」い人間に見えたかもしれない。
で、今は浅田よりは坪内が読まれる時期で、私はそれは要するに不景気なんだと思ってる。坪内がフリーになったのが90年で、まさにバブル崩壊の始まりの年っていうのも、意味深じゃない? ま、こういう閉塞感の漂う時代の空気を吸いながら坪内を読むのは、けっこう気持ちいい。あんまり前向きな気持ちにはなれないけど…坪内は木村荘八の「米国人は『岩』を作ることに『得手』だが、それにつく『苔』は了解しない」という言葉を引用して(p327)、自分は「『苔』を見分ける力のない人間」の単純さが嫌いだと述べている。
ただ、樋口一葉「たけくらべ」の一節を引いて「つまり公立の小学校の方が私立より格が上なわけである。現代と比べると逆な感じがする」(p78)と言っているけど、これって実は都会の感性なんですね。その辺、坪内って良くも悪くも東京地方人なんだなって思うんですけど、東京の「苔」には敏感でも、もう少し広いスケールで「苔」に気づくのは、案外苦手なのかも。