著者は慶応義塾大学でアメリカ研究と文化政策を専門とする教授。『
アメリカン・デモクラシーの逆説 』などの著作があります。
これはアメリカに限らず、日本も含めた様々な国のパブリック・ディプロマシーの過去、現在、そして未来について記した一冊です。
パブリック・ディプロマシーとは、「政府や議員が国家を代表して相手国のカウンターパートと行う伝統的外交とは異なり、政府が相手国の国民に対して行うこと」を最大の特徴とした外交活動を指します。
古くはローマ帝国にもその例を見ることができます。ローマは征服した異民族を要職に登用し、彼らが信仰する宗教を容認し、固有の言語の使用を許可するなど、寛容と同化に基づく施策を徹底したことで知られます。
アニメなどの文化を世界に紹介するクール・ジャパン政策について著者は、その現状の難点を指摘しています。
クール・ジャパンを活用することで達成しようとしている政策目標は極めて曖昧で、働きかける対象も不明瞭な印象は免れない。国家全体のイメージを漠然と、不特定の対象に向けて高めようというのはムリだと著者は言います。
一方、中国のパブリック・ディプロマシーは日本に比べてはるかに大規模であり、この本を読む限り、日本はますますジャパン・パッシングの憂き目にあうのではないかと暗澹たる思いにとらわれます。
そしてこの本を読んでいる最中に私の記憶に蘇った一冊の本があります。それは『
大仏破壊 バーミアン遺跡はなぜ破壊されたか 』です。
アフガニスタンがタリバン政権下にあった当時、その政権内部にも穏健派がおり、諸外国はこの穏健派を通じてタリバンとアルカイダとの間に楔(くさび)を打とうと試みた時期があります。
アメリカはそうした穏健派要人を自国に招待して文化財保護の実際を見聞させる戦略を取っていたのです。メトロポリタン美術館を見学したアフガニスタンの要人たちは、帰国後にカブールの美術館を整備していこうとするほどアメリカの感化を受けるのです。
アメリカの対アフガニスタン外交には当初、まさにパブリック・ディプロマシーの要素があり、相手の心と精神を巧みにつかみとろうとするものでした。しかしパブリック・ディプロマシーがやがて放棄された後に一体何が起こったのか…。
そのことを思い返すと、この中公新書が語らんとすることの奥深さがより鮮明に見えた気がします。