著者が本書を上梓するきっかけは、副題にも掲げられている駆逐艦「雷」を指揮した工藤中佐の足跡を追うことだったという。敵潜水艦が行動する海域で1隻だけ救出活動を展開することは、たとえ国際法により認められている行動とはいえ、人によっては危険極まりない愚挙と判断するかもしれない。その危険を冒して、敢えて救出の命令を下した指揮官とは、どのような人物だったのか。著者でなくとも、後生の者ならば誰しも疑問に思うことだろう。
その謎を解く鍵は、彼を含め兵学校第51期生およびその前後の期が受けた、現代の基準から見てもうらやむほどのジェントルマン教育にあった。厳しい規律のなかにも明朗さを失わせず、幅広い教養を持たせようとした兵学校の方針は、当時校長だった鈴木貫太郎が後年語ったように、将来の海軍を…あるいは国家の舵取りを…担うだけのポテンシャルを生徒たちに身に付けさせることを究極の目標としていた。任官以後の工藤中佐や同期生たちの遍歴は、まさしくその教育の賜物であるといえる。
「最後の海軍大将」井上成美は、戦争中に兵学校校長を務めた折、「兵学校は、丁稚教育の場所ではない」として、教養教育重視の方針を貫いたことで知られるが、本著を読むことで、彼の真意を改めて思い知らされた。阿川弘之の「海軍三部作」をご覧の方ならば、必ずや本著の意義を理解できるはずである。