本書では、西洋数学史の起源として古代ギリシアの背景を知らしめることにはじまり、
アルキメデスの求積法やユーラシア数学(アラビア数学)を経て、ルネサンス以後の欧州で、
ニュートン、ライプニツによって微分積分学が成立するまでを追う。
「歴史内存在」との表現を多用することでも分かるように、すべて数学者とその理論もまた、
歴史によってその思考を規定されるもの、との筆者の主張から、単に数学的な展開の過程を
探るに留まらず、彼らが有したその文化的背景にも焦点を当てる。
注意として、おそらくはかなり読者を選ぶ本であろうことを伝えておかねばなるまい。
序論の中で「私が以下に提供する数学史は、一般市民のための微分積分学成立史である」
と、筆者が語りはするが、そのことは数学的知識をほとんど要しない、ということを
意味するものではない。たぶん高校レヴェルの微積分や極限を把握していないようでは
理解には相当難儀させられることだろうし、数学嫌いの人間を数学好きに仕向けられる
タイプの書き口ではない。正直、決して親切丁寧とも言い難い文体であるだけに、
むしろ、小難しいとのアレルギーをこじらせる一方のような気がするのだが、
さて、どうだろうか。
そしてもうひとつ、しばしば見られる余計と言えば余計な氏のご高説、例えば、
「数学史を研究する功徳はさまざま挙げられようが、なかでも特筆すべきなのは、数学の
巨匠の傑作を発掘し、堪能できることであろう。卑小な数学者の凡俗な著作を無視できる
のもいい。それ以上に、業績を狙っただけの矮小な自らの書き物を遺すという恥をかかないで
済むことはもっとよい!」といった大演説が生理的にさほど苦にならない方だけが
読者としてはふさわしいのではなかろうか。
もしかしたら、クーンのパラダイム論についての知識なども前提されるかもしれない。
おそらく佐々木氏自身が考えるほど、間口の広い本ではなかろう。
しかし、そうは言っても、高校レヴェルの数学知識でも食らいついていける本ではあるし、
時に暴走気味とも感じられるところはあるが、論理や筋立てはかなり明快で、
主張についてもしっかりとしている。
数学に一廉の関心を寄せる人間が読んで損にはならない一冊に仕上がってはいることだろう。