本書にはガリレオを始発点として、学べども尽きせぬ内容が詰め込まれている。それは著者が研究で辿った跡であり、物理、数学、生物、経済を巡るカオス的な道のりだ。縦糸には、物体は(ある)作用量が最小の経路を必然的に通ると、当初は提示された「最小作用の原理」が据えられ、その命運が綴られる。これは、物体の経路には(最上位の)合理的必然性があるとするもので、当初は神、後には人間の深い叡智の証明でもあった。
現実(物理、生物、経済など)を数学化するとは、ある抽象化を施す(あるフィクションを導入する)ことであり(直線や質点の定義を考えよ)、その際ある種の現実を見事に捉えきることがある。それは古代から現代まで試みられてきたことで、人間はかつてそこから世界を(その未来をも)捉えきれると野望し、実際に大きな果実も手にしてきた。が、代償も計り知れないと著者は言う。今では、解の存在しない運動方程式の方が現実には一般的で、世界は混沌とし不安定(カオス的)で、温暖化に曝される地球の今後は誰にも分からない。最小作用の原理も、物体の経路は作用量最小ではなく単に停留化するに過ぎないと、限定的意味しか持たないことがわかった。歴史とは進歩ではなくランダムな歩みに過ぎない。
けれど、著者は本書が「失敗の物語ではない」とする。人間の知力は限られるが、その限定を考えると驚くほどの成果をあげていないか。最小作用の原理も足が地に着き、今は物理学や数学で新たな発見を生む(強力な)道具となった。現代の世界に楽観は持てないが、この限定された合理的な知の営みに、著者は「希望」を見出すのだ。
(最後に、適切な訳注など、翻訳者の行き届いた配慮が有り難かったことを付け加えさせていただきます。)