本書は工学の問題から生まれた数学を語る。扱われる話題は全9章に及んでいて、各章で独自の哲学と方法論を持った数学が展開されている。評者にしても本書の全部の話題を理解できた訳では全くない(其々にかなり難しい。評者がそれなりに理解出来たのは1〜2章位である)。だが本書を読んで、工学の様々な分野でかくも面白い数学が研究されているのだと実感しかつ大変楽しませてもらった。
工学のモットーは「使える物を納期通りに造る」事であると思う。従ってそこでの数学が、理学としての数学と異なる容貌を持つのは当然だろう。本書に述べられるどの理論でも最終的に「物」が造れなくてはならないという制約は常に付きまとう。その部分を不自然に感じる方もいらっしゃるかも知れない。しかしその制約の部分こそが工学の数学の真髄たる部分であるし、最も興味深い部分なのだと感じるのである(「物が造れる」というのはかなり厳しい要件なのだ)。例えば第3章で述べられた受動性が第4章で線型システム理論に用いられ、さらに第5章でロボッティックスに応用されて行くところなどは、工学の数学の躍動感を感じさせ多くの方々の興味を呼ぶ部分ではなかろうか。
このように本書はとても面白い本なのであるが、一つ大きな不満がある。それは「数学は工学の期待に応えられるのか 」という書名である。なぜ「工学のなかの数学」とか「物づくり数学への招待」(ありきたりだが)とかにしなかったのだろう。この書名では「工学」の期待に応えるべき「数学」という名の別の何物かがあるように見えてしまう。本書で述べられている諸理論はそれぞれが一つの立派な数学だと思うし、評者には本書を敢えてこのように挑戦的な書名にした理由が解らないのである(日本では「数学者」が研究する数学の範囲が狭いというのは衆知の事実ではあるけれど…)。
内容如何に拘らず、この書名では理学寄りの読者のみならず工学寄り読者からも支持を受けられないのでは無いかと評者は怖れてしまう。本書の試みがとても良い試みだと思うだけに。