『数学をいかに使うか』の続編で、前著に較べ「使える数学」の対象がより数学内部の理論に向けられているという印象を受ける。全9章の難易度は区々で、可微分多様体の定義、リー群とリー環の対応理論、など数学好きな読者にあえて説明する必要は無いのではというような箇所も見られるが、この本で印象に残ったこと、解説されている内容への若干のコメント、などを述べてみたい。
「初等整数論をやるのに初等代数学からやったほうがいい」、「有限群の表現論は、ある体の上の多元環の理論の易しいところをまとめて、それから導いたらよい」という著者の意見に多くの方が賛同されるだろう。第4章で適切な例が示され、更に第9章ではQ上の二次形式とp-進体、クリフォード代数、多元環論の密接な関係とそれらの有用性が説明されており面白い。二次形式論とその数論は既に完成した理論と思い込んでいたが、未だ発展途上と知り非常に驚いた。参考書としてかなり高度なテキストや論文が紹介されているので、先ず高レベルでなく数論の面白さを実感できるテキストとして、ザギヤー著『数論入門』、小野著『数論序説』、Cox著『Primes of the Form X2+nY2』、などを勉強されると良いのでないかと思う。
次に、第2章と第7章で、等質空間(特に対称空間)の幾何学と解析学が、数論の専門家の視点で解説されていてとても面白い。複素上半平面における調和解析や保型形式の理論を高次元に拡張するような理論だと思えば良いだろう。等質空間G/Kにおける幾何と解析がリー群Gやそのリー環の表現論に密接に関連する事を思えば、本書でリー群とリー環、更にその包絡環が「使える数学」として紹介されている事に納得されるであろう。ここでもHelgasonなどのかなりの専門書が参考書として挙げられているので、横田著『群と位相』、小林・大島著『リー群と表現論』などを先ず一読されると良いと思う。前者は第7章の終わりに述べられている岩澤分解の具体例にも詳しく、初学者向けに丁寧に書かれた良書として薦められる。
最後に、第5章と第6章において、上記の理論などを勉強する場合に「使える」解析学(フーリエ級数、微分方程式など)の定理が幾つか紹介されていて面白い。特に、定理6.1の証明は補助変数を含む連立常微分方程式の解の存在と一意性の定理が有効に使える事を示す格好の例であり興味深い。微分多様体上の接分布の完全積分可能性に関するフロベニウスの定理を既知の方は、この定理の言明がInvolutiveな接分布と同値である事に気付かれるであろう。
「マースやセルバーグなどの保型波動研究の意義の評価は難しい」、動く分岐点を持たない二階常微分方程式の分類に関するパンルヴェの研究を「ある条件をつけてその条件を満たすものを全て決定するような考え方から、多くの場合あまり大したものは出てこない。その類の研究である」、更に「可微分構造を問題にするなどというのは良い方向ではなかった」などと述べられている。これらの研究を好意的に評価されるのではと内心期待していたが、見事に外れてしまった。このあたりはControversialな所であるが、志村先生の意見として受け止めたい。書名の通り「数学の好きな人」にお薦めできるとても面白い書である。