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37 人中、34人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
ちょっと変わった展開。でも面白い!,
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レビュー対象商品: 数学が分かるということ 食うものと食われるものの数学 (ちくま学芸文庫) (文庫)
筆者の山口先生は非線形数学を専門にしていた方で、京大の工学部(数理工学)教授でした。
私自身は、先生が教育に関しての提言をされていたのは読んだことはありますが、このようにまとまったものを読むのは初めてでした。 読んでみて思いましたが、これは面白い本ですね。 本書の内容は、題名にある「数学がわかるということ」「食うものと食われるものの数学」が端的で、前半で山口先生の経験や考えをもとに数学のあり様や意義や「わかるということ」について述べられ、後半で第二次大戦後にアドリア海でサメの捕獲量が増えたことを数学的に明確にする非線形微分方程式が紹介されています。 前半で印象的なのは、数学が分かった瞬間というのは、論文を書くためにある方程式を利用して課題を解決しようと悪戦苦闘したが結局できず、独自にモデルを設定し解決したくだりで、「その方程式では解決できないと分かった時に、初めてその方程式のことが理解できた」という話です。また、この話には、おそらく岡潔先生と思われる方の同様のエピソードも紹介されていれるところです。 一般的に考えられている「わかった」という感覚と逆行しているような話ですが、非常に納得感がありました。 後半のアドリア海のサメの捕獲高についての話に向かうための準備として指数関数、対数関数、微分・積分について触れられ、マルサスの人口論を題材に微分方程式について解説されています。それぞれの関数や微積のことが一般の書籍とは違うアプローチで説明されているので、ちょっととっつきづらいかもしれませんが、そのような見方、説明のしかたもある事自体が面白かったです。 アドリア海のサメの捕獲高のモデルについては、数式自体が自然界のいろいろなことを説明できるような感じで面白いです。 ここで山口先生が示したかったのは、本書の前半にある数学がものごとを「大雑把に見る(あらい見方)」と「几帳面さ(緻密な見方)」ことについて具体的な説明だと思います。 そこには「大雑把に見る」=「モデル化」とそれを論理として定式化するための「几帳面さ」が非常に上手に表現されている気がしました。 論の進め方は言い意味で大雑把だと思います。また、緻密・精緻なイメージの数学に大雑把という側面があると言っている方も初めてでした。 数式の展開は、読みづらいと思われる方もいると思いますが、全体を通しての主張は明瞭なので、気楽に読まれるのが良いかと思います。 最後に「数学は文化である」と語っていますが、それは数学に携わってきた先生の偽らざる心境である気がしました。 ちょっと変わった数学の本としてお薦めです。
22 人中、19人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
数学が"分かる"とは、"無知と未知の区別がつく"ことなんですね,
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レビュー対象商品: 数学が分かるということ 食うものと食われるものの数学 (ちくま学芸文庫) (文庫)
日本におけるカオス・フラクタル研究の先駆者である山口先生が、先生の数学観を易しく解説した本です。前半は数学の世界観の話で、とくに難しい数式は出てきませんので、高校生でも読めます。後半は指数関数・対数関数〜非線型(連立)微分方程式に関する話題が生物系の事例(マルサスの人口論〜ヴォルテラ理論)を基に紹介されており、最後まで読み通すには大学教養程度の数学の知識は必要です。(指数関数・対数関数を"細菌の増え方"で捉え直すところは高校生でも面白く読めるでしょう:ある細菌が一秒間にe(=2.718...)倍に分かれると考えると、一匹の親当たりのh(≒0)秒間に生まれる子供の数が近似的にh匹に等しくなる、という説明はユニークです)
トポロジーの創始者・ポアンカレによれば「数学とは、異なったものを同じものとみなす技術である」のだそうです。言い換えれば、数学には、異なったものを同じとみなす"粗い側面"があると同時に、異なったものを同じものとみなす規則をいつでも厳密に適用する"几帳面な側面"があるというわけです。この点の理解があいまいで 分かったつもりになっていると、後で痛い目にあう、痛い目にあってはじめて 数学が『分かる』(→無知と未知の区別がつく)、という指摘は面白いです。「難しいことは易しく、易しいことは面白く、面白いことは深く」学ぶ態度が重要だと気付かされますね。
20 人中、16人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
本書は大変な名著である,
By キモおやぢ (神奈川県川崎市) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 数学が分かるということ 食うものと食われるものの数学 (ちくま学芸文庫) (文庫)
恥ずかしながら今まで本書のことを知らずにいた。著者の名前に惹かれて何気なく手に取った一冊だったのだが、一読して魅了されてしまった。本書は傑作だ。
本書の構成は2部に分かれる。前半は「数学の考え方」という題で、数学とはどのような学問か、どのような思考方法を採っているのかを様々な例を用いて説明する。数学とは「あらい」もののとらえ方を行うが、それを論理の「誠実さ」で補っている学問であるという主張がなされる。それを裏付ける話として、著者の恩師岡村博、さらには岡潔、歌人の西谷得宝、生物学の今西錦司の言葉が引用される。その何れもが大変深い言葉であると思う。特に岡村、岡の言葉は感銘深い。 その中でも、最も興味をひかれたのは「§5 数学と世界のみかた」に著されたニコラウス・クザーヌスの思想であった。評者はこの名前を本書で初めて知ったのだが、その考察の内容を知って心底驚いた。「ある定まった長さとは言っても、それが”人間にとって”正確なものと言っても、実は計り知れないということに気づくこと。これをまず知るべきであり、それこそが知である」とクザーヌスは言う。これはヒルベルトがクロネッカーを批判して述べた「無理数を認めないというのはおかしい。有理数でも厳密には1/2ですら誤差の関係で人間には実現できない。それならば無理数まで認めれば良い」という言説と大変に近い。両者とも無限の擁護者としてあらわれ、クザーヌスは地動説の先駆となり、ヒルベルトは20世紀数学の父となった。だがその間には500年近い時の隔たりが存在するのである。如何なる系譜がこの二人の間にあるのか、それともそのようなものは無いのか。そのようなことを考え込んでしまう内容なのである。 第2部は「食うものと食われるものの数学」と題し、マルサスの人口論より筆を起こして微積分の基礎辿りつつ、ヴォルテラの生物学のモデルの理論までが詳しく述べられる。ここで述べられるのは第1部で定義した「現象のあらいモデル化と厳密な論理の行使」という数学の思考法の具体例なのである。数列と漸化式から始まるが、微積分の基本事項を辿りながら最後にはヴォルテラの非線形微分方程式に到達している(第一次大戦後、サメの数がなぜ増えたか?という問題に対する考察であり大変面白い)。著者の解析学の学殖が伺われる大変に素晴らしい解説であると思う。この部分は同じ学芸文庫の小林、佐藤、廣瀬「解析序説」を読了された方々に強く一読を勧める。そのような読者ならば深い納得を持ってこの第2部を読み進めることが可能なはずである。 「執筆に10年を掛けた」という言葉が示す如く、本書は内容の深いねりに練られた名著である。
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