硫黄島で米軍を最も怖れさせた指揮官は、家族に手紙を送り続けた父でもあった。
絶海の孤島・硫黄島で、総指揮官は何を思い、いかに戦ったのか……。妻子を気遣う41通の手紙。死にゆく将兵を「散るぞ悲しき」とうたった帝国軍人らしからぬ辞世。
玉砕という美学を拒み、最期まで部下と行動を共にした指揮官のぎりぎりの胸中に迫る。いま、日本人を考えるための必読書。
登録情報
|
|
あなたの意見や感想を教えてください:
|
||||||||||||||||||||||
|
最も参考になったカスタマーレビュー
42 人中、40人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
硫黄島に散った名指揮官・無名の兵士達への鎮魂の賦。,
By
レビュー対象商品: 散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道 (新潮文庫) (文庫)
クリント・イーストウッド監督の映画に感動した人は、再び心を激しく揺さぶられること必至の、力作ノン・フィクションだ。アメリカ側の視点(星条旗掲揚の写真にも筆が及ぶ)も加えて、硫黄島の激戦で日本側の作戦をたて、指揮した総指揮官・栗林中将(死後大将となった)はどのような人で、どんな準備をし、どう戦ったのか、そして太平洋戦争での硫黄島の戦略的意味について理解が深まる。栗林中将の子供達に面会して大本営宛の訣別電報が改竄されて発表されたことを突き止め、硫黄島の地下壕を実際に訪れる等、取材の労力が十分に生きている。大本営から見捨てられた状況下で、本土への攻撃が少しでも遅くなるように、あるいは終戦交渉が有利に運ぶことに望みを託し、苦しく生きることを部下に強いて単純に死に走るのを厳禁し、他の戦場での失敗例から学んで地下壕を張り巡らせてのゲリラ戦を選択した合理的精神。兵士と寝食を共にし、指揮下の兵士で顔を知らない人がいないほど、常に現場にいた将。まさに「常に諸子の先頭」にあった理想的リーダーだ。その将が実は米国通で、家族思いの人だった現実(本書には肉筆の絵手紙等の写真も収録)。劣悪な環境で米軍をして敵ながら天晴れと尊敬されるほどの戦闘を展開した、敢闘精神と自己の責務への忠誠。こんな立派な日本人がいたことを誇りに思う。孤立無援の中で苦しい生の末に死んだ兵の無念を込め、大本営宛に「散るぞ悲しき」を含む辞世とともに日本の敗因を指摘する訣別電報をうつ勇気。しかし、大本営は失敗例に学ぼうとせず、不都合を隠蔽する。その体質は今でも解決されていない、中将から突きつけられた日本の宿題だ。 遺骨収集活動、日米の兵士の再会、そして今上天皇が硫黄島を訪れて、中将の辞世に呼応して詠った御製等の鎮魂活動には胸を打たれる。何より本書自体が硫黄島に散った日米双方の兵への立派な鎮魂の賦だ。
64 人中、59人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
国を越えた握手,
By
レビュー対象商品: 散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道 (単行本)
私がこの本を手に取ったきっかけは、ジェイムズ・ブラッドリーの「硫黄島の星条旗」を読んで、予想外の「硫黄島の戦い」を知ったからであり、その中に登場する「栗林」という人物に非常に興味を覚えたからでした。日本よりもアメリカで評価の高い「硫黄島の戦い」「栗林」に、何があったのか知りたかったからでした。この本の中で語られる「栗林」は、アメリカに留学し、アメリカの国力を知り尽くした人物であり、対アメリカ戦に反対したために硫黄島に送られた人物でした。そのアメリカに対する知識が、アメリカ国民に戦争に嫌気をささせ、その世論で和平の道を探ろうというものでした。そのためには、この硫黄島でアメリカ人に大きな被害を与えねばならず、文字通り地下にもぐってのゲリラ戦を選択せねばなりませんでした。「玉砕」という美名を許さない厳しい戦いでした。 そんな厳しさ(読めば読むほどその厳しさが身にしみます)を2万人の兵士に耐え抜かせる人となりが、この「栗林」には存在しています。その家族へのきめ細かな優しい思いやりのある手紙がそれを証明しています。東京を焦土にしないため、こうした粘りに粘った戦いが出来たのも「栗林」という人物がいたからでしょう。 40年後に日米合同の記念式典での国を越えた握手が、日米両国の戦士が「硫黄島」で流した血が無駄でなかったことの証であり、今後の平和を希求するものであって欲しいなと思います。現在の世界情勢は、そうなっていないだけに、彼らの願いを実現して欲しいなと思います。
80 人中、73人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
「いおうとう」しか知らなかった私,
By
レビュー対象商品: 散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道 (単行本)
恥ずかしい話、今回の硫黄島映画化のニュースを聞くまで、硫黄島はおろか栗林中将のこともそれほど興味もなく、「日本軍はどこの島でも玉砕したらしい」位の浅い知識しかなかった。ニュースで島の名を聞く度に「いおうじま」ではなく「いおうとう」と言っていたし、4年にわたる太平洋戦争での「海兵隊叙勲」の実に3割がこの島で活躍した隊員に贈られたと聞いても何となくピンとこなかった。 しかし、数ヶ月前にネットで栗林中将最後の電文を読んだとき、これほどまでに率直に公文書に遺志を載せる軍人さんがいたとは・・・と驚き、ただただその無念さに涙した。 本書も涙なくしては読めなかったが、文は女性らしく平易で軍ヲタではない私でもすらすらと短時間で読むことができた。 東条英機の像に唾する中国人の写真を見ては憤慨していた私だが、本書にわずかに登場する(栗林に対する)東条の一言や、その後の硫黄島で孤立無援の戦いを強いられる2万余人に対する大本営の非情極まりない対応などを思うと、日本人はまだまだあの戦争の総括をしていないんだなぁと深く考えさせられた。 これから私は、春紫苑の花を見るたびに『野に斃れて紫苑の草となっても皇国の行く末を想う』と遺された中将の面影と、暗記しきった「最後の電文」を思い浮かべることになるだろう。
あなたの意見や感想を教えてください: 自分のレビューを作成する
|
最近のカスタマーレビュー |
|
|