クリント・イーストウッド監督の映画に感動した人は、再び心を激しく揺さぶられること必至の、力作ノン・フィクションだ。アメリカ側の視点(星条旗掲揚の写真にも筆が及ぶ)も加えて、硫黄島の激戦で日本側の作戦をたて、指揮した総指揮官・栗林中将(死後大将となった)はどのような人で、どんな準備をし、どう戦ったのか、そして太平洋戦争での硫黄島の戦略的意味について理解が深まる。栗林中将の子供達に面会して大本営宛の訣別電報が改竄されて発表されたことを突き止め、硫黄島の地下壕を実際に訪れる等、取材の労力が十分に生きている。
大本営から見捨てられた状況下で、本土への攻撃が少しでも遅くなるように、あるいは終戦交渉が有利に運ぶことに望みを託し、苦しく生きることを部下に強いて単純に死に走るのを厳禁し、他の戦場での失敗例から学んで地下壕を張り巡らせてのゲリラ戦を選択した合理的精神。兵士と寝食を共にし、指揮下の兵士で顔を知らない人がいないほど、常に現場にいた将。まさに「常に諸子の先頭」にあった理想的リーダーだ。その将が実は米国通で、家族思いの人だった現実(本書には肉筆の絵手紙等の写真も収録)。劣悪な環境で米軍をして敵ながら天晴れと尊敬されるほどの戦闘を展開した、敢闘精神と自己の責務への忠誠。こんな立派な日本人がいたことを誇りに思う。孤立無援の中で苦しい生の末に死んだ兵の無念を込め、大本営宛に「散るぞ悲しき」を含む辞世とともに日本の敗因を指摘する訣別電報をうつ勇気。しかし、大本営は失敗例に学ぼうとせず、不都合を隠蔽する。その体質は今でも解決されていない、中将から突きつけられた日本の宿題だ。
遺骨収集活動、日米の兵士の再会、そして今上天皇が硫黄島を訪れて、中将の辞世に呼応して詠った御製等の鎮魂活動には胸を打たれる。何より本書自体が硫黄島に散った日米双方の兵への立派な鎮魂の賦だ。