プロ教師の会は、至極まっとうなことを主張しているように思えたが本書を読んで絶望した。
諏訪氏が1章で、プロ教師の会が主張する「80年代から子どもが変わった」という主張が一貫性を持ったものであり最も妥当な見解であるとしている一方で、3章で鈴木氏は「90年代から始まった新しい学力観で、教師の指導方針が『教える教育→支える教育へ』と劇的に変わったことを示唆している。むしろ、この30年で一番変わったのは教師の指導方針ではないのか?
人間形成こそが教育であり読み書き計算は教えなくても良い、という本末転倒な現場の教師の知識・技能軽視の指導方針こそが学力低下や学級崩壊の一番の原因であるのに、「子どもが変わった」の一言に尽きると勘違いしているのは言い訳にしかうつらない。教師が学校で読み書き計算を教えなくなったのだから、何もできない子どもが増えるのは当たり前である。フィンランドでは徹底した補習制度で基礎学力を底上げすることで質の高い教育を維持しているが、日本では人間形成という大義名分のもと落ちこぼれを容認・放置しているのが現状である。今や学習塾ですら人間形成と学力向上を両立する方法を模索している時代なのに、学校や教師は「人間形成(=学校)」か「学力向上(=塾)」かという二項対立でしか教育を見ることができないのは時代遅れと言うほか無い。
中盤以降は、陰山バッシング、親力バッシング等に終始し、現場に長く携わった実践家が集まって書いた本でありながら、ルサンチマンに終わっているのは甚だ残念である。結局、今教師には何ができ何をすべきかという具体的な対策については何も触れられておらず、むしろそこ(現場教師が教育の真理と具体的なノウハウを持たない現状)にこそ問題の根深さがあるのではないか。