学力テストは、教育の経済格差を明らかにしてくれた。このことは、
学力という「結果の平等」と教育の「機会の平等」という本来的役
割について広く知るいい機会になった。日本は、その昔、大正時代
から地方による教育格差を縮めるための政策を腐心してきた。学級
という面の平等を活用して、大義名分をつけてきた。学級の許容数
を決め、それ以上の数にならない限り、教師の数が増えない、数以
内であれば個々の子どもの質は問わない、貧しい理屈で教師を配当
している。
米国のように子ども一人増すごとに負担増による給与の増額する制
度とはほど遠い、なのに、教育内容だけ背伸びをし、ゆとり教育は
失敗に終わったと評価している。
日本においても、戦後まもなくは個の教育、つまり、子ども一人ひ
とりの教育を指向するのであるが、なにせ、地方にはお金はない教
師はいないなど条件が揃っていなかった。そしてここまで来た。
それなのに、義務教育の国の負担を2分の1から3分の1にした。
そのため、県によっては、3分の2の負担が苦しいため、文科省か
らの義務教育費の国庫負担を使い切らず、余すところが出てきた。
臨時などを使い、安い給料で働かすわけだが、任用の不安定な人的
配置では問題が出ない訳がない。
「平等」というキィワードから、日本の教育を紐解く、なかなか読
み応えのある良書である。