日本未公開、メディア化もされず、新聞広告「リデューコ」のヒッチコック登場のネタばかりが喧伝されるこの映画の本編を初めて目にしたのは10数年前のことでした。NHK-BSの深夜枠で突如流されたのですが、そのあまりの凄みに圧倒されたことを覚えています。『パラダイン夫人の恋』もそうですが、傑作の評価を受けても良いはずのこの映画がほとんどフアンにも監督本人にも無視されているのが不思議でなりません。紛れもなくこの作品はヒッチコックによるマスター・ピース群の一角を占める傑作です。
関連文献が少なかったこの映画ですが、今回のDVD特典のオーディオ・コメンタリーやメイキングはまさに第一級情報。ザナックがこの映画にアカデミー賞をとらせようと大宣伝を行っていたこと、既に舞台で不動の名声を得ていたT.バンクヘッドは映画では成功していなかったため出演を快諾したこと、ディテールに込めた「祈り」や人間の両義性・罪と救済、等々、フアンの「こういう話が聞きたかった」という渇望を満たしてくれる情報が満載で、これぞ「特典」です。
確かにこの映画はヒッチコックの作品の中では異質で、シェイクスピア劇の雰囲気に近いかも知れません。アカデミー賞好みとも考えられ、世評さえ味方につけば『レベッカ』に続いて最もオスカーに近かった作品とも言えます。しかし蓋を開けてみれば「弱きアメリカ」を見たくないというヒステリックな言説により、ヒッチコック、ザナック、そしてバンクヘッドの渾身の期待は踏みにじられてしまったのです。これを悲劇と言わずして何と言いましょう。その後現在に至るまでこの畢生の名作は黙殺され続けてきました。それから60年が過ぎ、DVDという媒体によってようやく一般の目に触れられるようになったこの作品。作品に相応しい声望を得るのはこれからです。真に良いものはどんなに時間がかかっても必ず世に認められるものですから。