とにかく、この一冊は、充実している。まえがき、訳された作品、附された註、解説、年譜、そして、あとがき。
「故郷」、「阿Q正伝」などの作品を読み、私は、次の時代を担う子供たち、その明るい未来を願う、魯迅の優しい姿を、ほんの一瞬、垣間見た。
「お長と『山海経』」や「百草園から三味書屋」などを読み、〈僕〉と〈長おばさん〉との関係は太宰好きの私に、太宰とたけの関係を思い起こさせた。虚構の部分もあるのだろうけれど、魯迅て、小さい頃からお話や、本が好きだったのだなあ、と気づかされた。
解説の切り口が興味深い。たとえば、こんな風に。――〈阿Q〉の〈Q〉は中国語で幽霊を意味する「鬼」に通ずるという。そして、村上春樹氏は魯迅文学の愛読者である、と自ら語っていることが紹介されている。〈Q氏〉が登場する短篇小説を村上氏がものしたのも、その証左ではないか、と藤井氏は指摘している。あるいは、村上氏の新作「1Q84」の〈Q〉もまた、〈阿Q〉から来ているのかもしれない。
この本は、魯迅を知りたい人への入門書であると同時に、魯迅を愛した、そして、いまでも愛している人たちの思索をたどるための入門書でもある、と私は見る。いろんな人が、いろんな視点から楽しめるであろう、虹色の一冊だ。
附記。「范愛農」を読み、私はある小さな発見をした。〈するめ〉が太宰と魯迅とをつないでいた、という発見である。嘘だと思う人に、太宰「雪の夜の話」をおすすめしたい。