そして本書の中で紹介される、西欧の白人の研究者がアイザヤ・バーリンの誰たるかを知らなかったことにえらく驚愕したというエピソードに、ひょっとして自分も同じような発言で、他の学者をあきれ返らせているのではないかと心配になった。
そうした先人の著作を数多く引いた作品だが、論旨は明快である。全体としてポピュリズム政治の蔓延に対する警鐘であり、それは、「消費者としての視聴者の反権力、反権威主義、嫉妬の政治」であるという総括に示されている。そして、そのポピュリズムは「政策実現のための下支えを行う官僚を不必要におとしめる」結果をもたらしているという。
また戦後日本の教育ポピュリズムこそが、ポピュリズムの土壌を形成していると断じ、日本ではスポーツ選手や芸術家が秀でていることを当然として受け入れてきたのに、教育の平等を理由に、ゼネラリストとしてのエリートの育成を怠ってきたと批判する。
この点は全く同感だが、氏の言うポピュリズムを醸成する媒体としてのテレビは、情報の入手源として、50代の男性を除き男女を問わずすべての年代で新聞を上回っている(NHK放送文化研究所調べ)。こうした活字離れの事実を否定できない以上、批判を超えた建設的な処方箋が示されなければならない。例えばメディアリテラシー教育の必要性が、その代替案の1つであろう。
本書のタイトルである政治家のリーダーシップについては、田中真紀子前外相を念頭に置いた、外相と外交官の場合が興味深い。著者の苛立ちは「主婦感覚といった私的空間の限られた経験をストレートに政治や社会の公的空間に結びつける奇妙さ」という表現に表れている。こうしたリーダーに対する論評は、国民のレベルに合わせた政治家しか持ち得ないという言葉の重みを改めてかみしめさせる。
別のところでは、政治家にとっての大局観や、「幅広く世の中を過不足なく見る巨視的能力を身につけること」と定義するリーダーにとっての教養の重要性について触れているが、多くの人々には耳の痛い指摘だろう。しかし、氏が引かれている歴史上の人物と我々は異なる時間軸で生活していることを思い起こす時、時代を超えた共通点以上の何かについて指摘が欲しかった。
(慶応義塾大学教授 草野 厚)
(日経ビジネス 2002/03/11 Copyright2001 日経BP企画..All rights reserved.)
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