大学で国際政治学なる胡散臭い学問を専攻した私ですが、もう何年も日本政治についての著作に手を伸ばすことはありませんでした。大嶽秀夫
日本型ポピュリズム―政治への期待と幻滅 (中公新書)の作品が最後だったのかもしれません。新聞の政治欄を読むことはほとんどなく、瑣末な情報の伝達に終始するテレヴィも見ず、ただただ腐臭をはなつ政治の風景のかけらをたまに眺めるだけといったところでした。毎日繰り広げられる余りもの現実政治の混乱にふと手に取った作品でした。もっとも著者の作品は政治以外の作品では知っていましたけど。骨太の作品で驚きました。そう、政治家とは究極のところ、国民を合法的に死に追いやる可能性のある営為なのです。そしてその悪はあくまでも公共の利益という大命題によってしか是認されえないものなのです。著者はこのマキャベリに由来する政治哲学から最近のそして戦後の政治を概観していきます。そして抽出されるテーゼは自民、民主という二大政党制の虚妄なのです。どちらも存在意義を失った「自民」を引きずりながらその中に根本的な矛盾を抱えた存在なのです。民主党におけるノイジーマイノリティとはいい得て妙です。目標とされる原型は1955年から1960年までの保守合同以降の岸内閣時代です。「経済なんか官僚に任せておけばいい」のいうのは当時としては慧眼ですが、その経済の予想もしない展開によって、政治自体が腐食してしまったというのは皮肉な光景です。雑誌論文をまとめたものですが、論文の順番はちょっと読みにくいようです。