もとはハードカヴァーで出版されていた、全26巻の講談社版〈日本の歴史〉が文庫化されたうちの一冊。原著の刊行は2002年。
明治憲法の下で立憲君主制の道を歩んでいたわが国において、なぜ政党政治は崩壊してしまったのか。著者はこの問題を「天皇の政治関与」という視点から考察しています。
「大帝」とも称される明治天皇は、イメージされるような専制君主ではなく、その役割は内閣の意向と議会の輿論を尊重し、必要なときに最小限度の調停を行うことであったと著者は述べています。
しかし、明治帝の没後、健康に問題のあった大正天皇はその役割を果たせず、若くして父大正帝の摂政となった昭和天皇も、明治帝の政治手腕を学ぶことができなかったといいます。加えて、先帝の側近も、最後の元老・西園寺公望を除いては明治帝の実際の憲法運用に疎く、「親政する君主」という理想の、そして架空の明治帝のイメージに支配されていたとしています。その象徴的な出来事として、著者は張作霖爆殺事件において天皇が首相(政友会の田中義一)を問責し、内閣総辞職に追い込んだ1926年6月の政変を取り上げています。
著者も触れていたいくつかのif。もし原敬が暗殺されなかったら、もし先帝がロンドン条約批准の際に浜口内閣と海軍を調停していたら、もし満州事変の際に先帝と西園寺らの宮中重臣が若槻内閣を見捨てず政党を団結させていたら。そして、もし日本にもう少し時間があったのなら、立憲君主制は成熟しただろうか。この本を読み、私はいろいろと思いを巡らせることができました。
近代日本の政治状況は、現在のそれと似たところも多く、参考になります。本書を読み、抱く思いは人それぞれでしょうが、是非デモクラシーの確立と維持に汗を流した先人の労苦を思い、大切な我々の権利と義務を尊ぶべきではないかと私は思うのです。