戦史と現代の企業を交互に題材として「撤退」について研究するという主旨だが、「研究」と銘打った割には内容が薄く、特に企業研究における分析の浅さに驚かされた。
例えばダイエーは、不動産が値下がりしたので過剰な不動産投資が足かせになった、売上がピークを超えた95年ごろに撤退を考えるべきだった。
日産は、ゴーン氏が来て日本的経営から「撤退」し、しがらみを断ち切ってコスト削減を実行した結果、財務内容が回復した。
松下は中村社長が、硬直化した組織体制から「撤退」し、松下家と松下を切り離すなど聖域のない改革を断行し回復を遂げ、ソニーを上回るグループに復活した。
といった文章が延々と続くわけで、本当に「今なら誰でも知っていること」を、「誰もが言っているように分析」しているだけで、ほとんど研究とは呼べない。
まず「撤退」と言う場合、企業においては事業からの撤退戦略が論じられると思ったが「今までのやりかたからの撤退」のような曖昧な言い方で、あらゆる改革が強引に撤退と結び付けられ、結果、企業改革全般を広義の「撤退」としたため、焦点のぼやけた本になった。撤退に必要な情報収集は何か、撤退で重要な「タイミング」をどう見極めるか、そういった撤退戦略の研究そのものはなされておらず、変革や撤退に成功したケースについて後だしジャンケンの議論を延々と続けているのは驚くしかない。
○年にAをやめて、その後成功した組織に対して、「○年にAをやめたから成功した」と書く。さらにそれが可能となった要因は「リーダーシップ」や「適確な判断」といった、思考停止の議論。これを読むと、撤退や変革の成功の要因は「成功するような人がいた」としか言いようがない。すなわち研究でも分析でもなく「エッセイ」以上の文章ではない。「撤退そのものの研究とは程遠い文章となっていることに読者は注意する必要がある。