866年の応天門の変が引き起こした太政官の内部抗争。この結果藤原良房に摂政補任の勅が下される。これがそもそもの摂政の始まり。摂政とは天皇に代わって政治を行うことであり、幼帝の時は摂政、天皇が成人するとこれが関白となる。本書はこの辺のところを詳しく解説しているので、摂政・関白のそもそもの成り立ちがよくわかる。
さらにこの時代の一般庶民の生活ぶり、どんな仕事をしていたのか、どんなところに住んでいたのかも書かれており、このあたりとてもおもしろい。
摂関政治は藤原道長の時代に全盛期を迎え、やがて「摂関家」なる外戚政策に凝り固まった特異なるファミリー集団を生む。
この道長の年上の正妻倫子(りんし)との間に生まれた長女彰子は一条天皇の中宮、後一条天皇と後朱雀天皇の母后となる。紫式部が女房として使えることになる后である。
兄道隆の娘定子(ていし)が入内し、女御から中宮になるが、この定子に仕えたのが清少納言である。
紫式部やら清少納言が活躍するようにこの摂関期は女性が「家」制度に取り込まれず、独自に活躍できた最後の時期である、と著者は書いている。
この時期、日本を取り巻く東アジアは激動の時代を迎える。907年には唐が滅亡、五代十国時代に入り、979年にはついに太宗が率いる宋が中国を統一する。朝鮮半島では936年に高麗が半島を統一する。
日本では、遣唐使の廃止以後、大陸中国とは一線を画する一方で、独自の国風文化を生み出す土壌を生んだ。
本書は末法思想の紹介にまで話が進み、盛り沢山な内容をコンパクトにまとめてあるので、この時代の入門書としておすすめできるのではないだろうか。