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7 人中、7人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
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By Char_Liberte "ほとんど無害" (宇宙の果てのレストラン) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 推測と反駁―科学的知識の発展 (叢書・ウニベルシタス 95) (単行本)
この本でも科学と疑似科学の境界設定が取り上げられる。彼は科学を科学たらしめるものとして帰納的方法を挙げるのを拒否する。占星術師だって星の運行を観察して推論するのだ。科学と疑似科学を分けるのは、その理論に反駁する余地があるかどうかだ。理論修復の機会を拒否する精神分析論の独善的な姿勢、矛盾は大いに結構だとして(分析の精緻化を拒んで)しまうヘーゲル的な弁証法が批判される。形而上学を馬鹿にしているかというとそうでもなく、科学と分けられるのは程度の問題だという感触だ。理論か観察かという「鶏が先か卵が先か」みたいな問題に対し、彼の答えはいたって単純。「それ以前の卵」…批判を繰り返すことで先に進むのだ。抑圧的になりがちな世論の危険性を示し、合理的な討論の伝統が非常に重要だという。伝統というだけで頭ごなしに否定する態度を批判し、どこまでならそれが使えるかを考えるべきとする。 盟友ハイエクと同様、彼が社会科学に求める役割は「人間がある意図をもってした行為が、社会的には意図しなかった反響を生むことについての説明」だ。マルクス的歴史法則主義にはやはり批判的。 我々は真理に到達しえないかもしれないし、たとえ真理に到達できたとしてもそれを確かめる術を持たない。それでも、事後的には間違うことが運命づけられている説を提唱して研鑽しあうことの重要性を強調している。憂鬱になった研究者の独断のまどろみを覚ます一冊。
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