忘れられていた「占守島の戦い」がこれでかなり知られたことが素直に嬉しい、著書ならではの豪腕により一気に読ませる娯楽性も見事なものです、
(占守島・しゅむしゅとうの戦いは、昭和20年8月15日の終戦直後、8月18日にソ連軍が千島列島最北端の占守島にポツダム宣言を無視して急襲上陸したために生じた約一週間の戦い、日ソ戦死傷者総数は数千人におよぶ大規模なもの)
しかしまるで自分だけが知っていた、とでもいうような導入部はどうしたものなのだろうか、占守島の戦いに関しては、現在もいろいろと話題の絶えない某神社境内の戦争博物館に数年前から展示コーナーが設けられており、概要に関する無料リーフレットが配布されて啓蒙がはかられてきたことと、2001年に中公文庫「一九四五年夏 最後の日ソ戦」中山隆志という樺太・千島方面戦闘に関する良書の出版がいわゆるネタもととして重要と考える、
書中で触れられているとおり作家の司馬遼太郎の同期戦車兵たちがこの戦闘に参加し戦死している、司馬「街道をゆく」29朝日学芸文庫には「占守島」という一章がある、戦争と軍人嫌いの司馬は次のように書いている、「無用の戦いがはじまった」と、
陸軍第九十一師団はほんとうに無用の戦闘をおこなったのかどうか、
ぜひ読者それぞれが判断してほしい、