弦楽4重奏のプレイヤーの、30年に及ぶ人間関係のもつれ(主に男女問題)を描く。
もちろん物語は単純な構成ではなく、
奏者4人の後援者である財界の重鎮が大手出版社の元編集者(この二人の付き合いも長くいろいろあった)
からインタビューされる、という形をとる。
どんな凝った設定でも、話の中身は退屈かつ空疎である。
ほとんどが男と女のもめ事で、エロチックに書いてあるつもりの箇所も、ちっともエロチックではない。
話者(財界人)はひとり息子を事故で失い、妻はアル中の極みで無様な死をとげ、
事実は重く、かなりどろどろしているはずなのに、
小説の語り口はそれらをアルコールできれいに消毒し、あくまで淡々として洒脱である。
その語り口がかえって、深刻なはずの中身までも骨抜きにしているのである。
別に深刻なことやどろどろしたことを、それにふさわしい表現で語ってないからダメ、と言っているのではない。
もっと別の理由があると思われる。
理由の一つに、こういっては元も子もないが、老いることの身勝手さ、というものがあるような気がする。
それはそれで小説の魅力になりうるのだが、本作では逆に作用している。
小説の中にこんな一説がある。
「近代日本の芸術や文章は一般に何か洗練を欠いていて、とにかく泥くさい感じ、野暮ったい感じになりがちなのだが、
その弊をすつきりとまぬがれていて、洒落っ気があり、粋である。」(現代仮名遣いに直してます)
これはカルテットを褒めている言葉なのだが、そのまま丸谷氏の文学、文学感にあてはまるだろう。
最後は話者の芸術感が語られているのだが、別に目新しいことを語っているわけではない。
弦楽4重奏について、すこし知識が得られたことが収穫でした。
ハイソな方たちの物語です。
しかし、ブルー・フジ・クヮルテットって名称、すっごくダサくない?