時は昭和12年。2・26事件の翌年、18歳の「私」は前田利為侯爵邸で5歳の次女・緑子の小間使いとして働き始めた。緑子は「私」には見えない誰かの動きを目で追うかのような仕草を見せ始める。「私」の前任者にあたるゆきのという女性は嫁いだ相手が皇軍派の首謀者の一人であり、事件後に自らも命を絶っていた。果たして緑子が見つめるのはゆきのの姿なのか…。
辻原登の著作を手に取るのはこれが初めてではありません。短編集『
枯葉の中の青い炎』では辻原が描く虚実ないまぜの世界の幽玄の美を大いに堪能したものです。
本書も前田利為邸や2・26事件など、実在の場所や出来事を舞台背景にしながら幽霊譚らしきものが、やわらかさの中にも凛とした気品を漂わせる独特の文体によって綴られていきます。
しかし私は---文章の美しさは別として---この作品を楽しむことができませんでした。
昭和12年という時代背景、貴族のお屋敷、無垢なおさな子、奉公人の「私」といったゴシック・ロマン風の装置と役者がそろっているとはいえ、オーソドックスな装置と役者がそろっただけという印象がぬぐえません。この怪異譚に心がざわつく思いがしないのです。
136頁という小品であるためにわずかな時間で読み終えることができますが、別の言いかたをするならば、わずかな時間で読み終えることができる紙幅しかないために、物語はさらりと通り過ぎていったという思いも残りました。