ようやく『技術と時間』の第1巻が日本の読者の手にも届くようになった。ベルナール・スティグレールは尋常ではない多作の哲学者である上、近年では「使命感」からメディアを中心に現代社会の諸問題に取り組むようになり(ギデンズやウルリッヒベックなどの社会学者も対話相手とする)、刺激に満ちた介入的発言を多く読めるようになる一方で、彼の原点にあったベルトラン・ジルの技術史・技術哲学(これは誰しもが脱帽するであろう化け物的な傑作だ)とルロワ=グーランを軸にしながら、ハイデガーの技術および存在の問いを考えるといった深い哲学的著作が読めないという読者としては残念な状況にあった。
ここにその後のスティグレールの諸仕事の要素のすべてが凝縮されている。第二巻へとつづくこの原点は、日本の哲学者・人文書読者にとりきわめて有益な読書経験のアクセスとなるに違いない。
もともとスティグレールの文章は読みやすいものではない。それをこれだけすらすらと読めるようにした監修者・訳者を称賛すべきだろう(ただし用語上、慣例にそわないものもあるのでその部分だけ注意すべきだろう。私見では前定立の語の大部分に補綴の意味が込められている)。
差延、補綴、代補などの概念を駆使する本書は、ジャック・デリダの仕事を(慶ゲルマニストや現象学者とは違うやり方で)最良のかたちで現代に継承したもののひとつである。