小説の技巧や批評理論を概説した書物は数多くありますが、新書と
いう、コストパフォーマンスが高い媒体で、これだけコンパクトに手際
よくまとめられた入門書は、かつてなかったのではないでしょうか。
分析対象を
『フランケンシュタイン』一作に絞ったのも、新書のサイズに合わせた
妥当な選択ですし、なにより、ひとつの作品に対して、どれだけ多様な切り口や、
解釈があるかをアピールすることに成功しているといえます。
たとえば
『フランケンシュタイン』に登場する怪物の解釈に
ついては、大きく分けて二通りの解釈が示されています。
ひとつは怪物を創造主であるフランケンシュタインの自我の一部と
見る解釈、もうひとつは怪物を疎外された「他者」と見る解釈です。
前者はフロイトやラカンの流れを汲む精神分析批評の立場で、その解釈は
〈怪物はフランケンシュタインの悪しき「分身」である。だから、フランケンシュ
タインの周りの人々が殺されるのは、フランケンシュタインのおぞましい本能
や醜悪さ、汚れなどを抑圧する者たちを、怪物が彼に代わって破壊している
のだということ〉になります。
他方、後者は、怪物をフランケンシュタインと対立する「他者」と捉えます。
〈フェミニズム批評では、女性の表象としての怪物が家父長制を破壊し、
マルクス主義批評では労働者階級の表象としての怪物が資本主義を、
ポストコロニアル批評では植民地の表象としての怪物が帝国主義を、
それぞれ転覆させようとする話として読まれる〉というわけです。
これらの解釈はどれも一定の説得力がありますが、かといって「正解」ではありません。
なぜなら、読書という営為は、唯一不変の正解を目指すというような単線的なものではなく、
作品が内包する多様性、あるいは、作品と外の世界との接点で生じる熱をどれだけ豊かに
汲み取るかにその本質があるからです。
ひとつの物事を、いかに多面的に捉えることができるか――。
本書は、そのための多彩なものさしを提供してくれています。