テレビドラマや少年誌を含め、無前提な限定をかけずに幅広くサブカル作品を統一的な切り口で一挙に知れる本です。
サブカルマップとして大変良質だと思う。なので星4つ。
本としての出来とは別に、書かれている内容に関して。
本書で展開される「批評」の内容は基本的には宇野氏の前著『ゼロ年代の想像力』の反復。
さて、宇野氏が奨励するような対人志向的存在って、その対人関係が成功していればしているほどサブカルなんて必要としないと私は思う。
何が言いたいかというとこの本の「サブカル網羅」志向、「博覧強記」志向と、この本のなかで奨励される対人志向的存在が矛盾しているということ。無論、宇野氏のスタンスは「職業としての批評」なのだろう。だから「奨励される存在」と「奨励する身振り」との矛盾は無いとは言える。ところが、宇野氏の「イロモノ」的な性質というか、ある種の「人を惹きつける能力」、そして彼の毒舌芸が、やっぱり矛盾を引き起こしている気がする。
つまり対人関係に成功的な存在はサブカルを「博覧強記」的に消費する必要などないわけだが、宇野氏が「魅力」を持つがゆえに、宇野氏による職業としてサブカルの渉猟それ自体もまた奨励されているかのように読み手には思える。宇野氏の毒舌パフォーマンスはそれに追い打ちをかけるだろう。つまりこの本は対人関係志向的な存在を奨励しながら、「対人関係志向的存在を奨励する批評」というひとつの「イタい」島宇宙に読者を導いている可能性がある。更科氏の徹底的に冷めたスタンスが、この矛盾を解消しているとも言えるけれど、宮台氏と同じく、宇野氏がハイポテンシャル(魅力的)でかつ「威勢が良い」がゆえに、そのパフォーマンスのほうにこそ読者は感染する。
私はこれ、単なる誤読云々の問題ではないと思う。読者の側ではなく語り手の問題ではないかと。
そのパフォーマンスそれ自体の本質的な「古さ」を指摘しておきたい。