本書の中で記者のインタビューに対し、手塚さんが述べているように、マンガ「ブッダ」は仏伝をそのまま忠実に再現した作品ではないらしい。一部の登場人物を除き、かれらの名前も存在も架空のものなのだ。だが、私は本書によって手塚治虫の人生や死を扱ううまさも仏教の魅力も、同時に知ることができたと思っている。まさに一度で二度おいしい思いをした。
人間はいかに苦しみから逃れられるのだろうか。これは、誰もが思うことであり、人類の普遍の悩みだ。その悩みが具現化したのが、昨今の科学万能主義ではないだろうか。自然を恐れ、開発を繰り返し、便利さを追い求め、不便な自然から生活を切り離す役目を果たしたのが科学だからだ。だが、科学技術がどれほど発達しようとも、やはり人間であるかぎり、煩悩はつきまとう。煩悩から逃れようとして修行に励んだ釈迦の時代から、いったい何が変わったのだろうか。
そこで、手塚氏は苦しみから逃れる方法として、ブッダに次のような言葉を語らせている。
「…あなたは木になりなさい。木になったと思いこむのです。木は欲をいっさい持たない。…逃れられない運命なら、勇気だ、覚悟だ、正しい行動だ。正しい生活で…、その日を待つのです」
他にも本書で扱うテーマは生、死についてであり非常に多岐にわたる。それは、手塚氏が描くマンガの守備範囲の広さを伺うに十分であり、仏教の懐の広さをも示唆している。本書がきっかけとなって、手塚マンガの魅力を再確認し、仏教への関心を深めること、すなわち人生そのものを考えるきっかけを得ることができるはずだ。