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戦艦大和 最後の乗組員の遺言
 
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戦艦大和 最後の乗組員の遺言 [単行本]

八杉 康夫
5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)

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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

お前は生きろ―!上官は決して犬死を強要しなかった。少年兵が見た涙でにじむ戦艦大和の最後。

内容(「MARC」データベースより)

「お前は生きろ!」 上官は決して犬死を強要しなかった。重油の海で4時間。そして爆発、炎上…。少年兵が見た、涙でにじむ戦艦大和の最後。沈みゆく大和から奇跡的に生還した男が言い残したいことを綴ったノンフィクション。

登録情報

  • 単行本: 206ページ
  • 出版社: ワック (2005/12)
  • ISBN-10: 4898310869
  • ISBN-13: 978-4898310861
  • 発売日: 2005/12
  • 商品の寸法: 18.8 x 13 x 2.2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
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形式:単行本
戦艦大和は米軍機の激しい機銃掃射を受け、数多くの犠牲者を出した。爆弾や魚雷も数発命中した。被雷によって艦が一方に傾くと、反対舷の水密区画に海水を注入してバランスを取った。たとえその区画に生存者がいたとしても、それは避けられない措置だった。しかし遂に大和は横転沈没した。艦の底部からの脱出者はほとんどいなかった。

著者の戦闘配置である艦橋は無傷だった。横転する艦から難なく海面に脱出できた。しかし、沈み行く艦の巻き波に引き込まれる。もはやこれまでと思った最中に、砲塔の誘爆によって海面に押し上げられる。まもなく、空から大爆発で真っ赤に焼けた大和の鋼鉄の破片が降り注いだ。多くの兵が鉄片に当たり、目の前で声もなく沈んでいった。その後は、重油の浮かぶ海で丸太につかまりながら、2〜3mのうねりの中を4時間漂流した。力尽きて海中に消えていく負傷兵がいた。「死んでもいいから眠りたい」それほどの凄まじい眠気に負けてしまった兵がいた。

やっと駆逐艦が救助に現われた。待ちきれず泳ぎ始めて力尽きる者がいた。近づいてきた駆逐艦からロープが下ろされた。我先にとロープの奪い合いが始まった。階級も年齢もなかった。もはや帝國海軍軍人はそこにはいなかった。

戦後になり、著者は海底の大和を探り当て、NHKとの合同調査でその全貌を映像化することに成功した。そして現在、「大和の語り部」として講演活動を続けている。当時17歳の上等水兵が体験した「生きる」ということの意味を伝えたくて。
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形式:単行本|Amazonが確認した購入
 実戦に参加した最年少兵になる世代だろう(沖縄戦では更に若い現地の少年も戦闘に巻き込まれたが)。昭和18年8月、大竹海兵団入団、優秀な砲術科員として横須賀海兵団で延長教育を受け、昭和20年1月、戦艦「大和」乗組。実戦未経験の年少兵ながらも、艦橋トップの15メートル測距儀測的所に配置されている。

 広く語り尽くされている感のある大和だが、幾つか耳新しい証言もある。着任の際は、軽巡洋艦「矢矧」に便乗し、通説である柱島泊地ではなく周防大島に近い八島錨地で乗艦した事。最後の郵便物は非検閲であった事。出撃の訓示は有賀艦長は命令書を読んだのみで、有名な故郷に向かって泣け、の訓示は能村副長であった事。これも有名な「総員死二方用意」の落書は、下士官(先任伍長)であった事。主砲弾は雲量と照準の関係と、続く被弾に依る傾斜(十五度で主砲発射不能)によって一発も撃てなかった事。第一波の後、甲板上の血の海をホースで洗い流し、ちぎれた手足を海に放っていた事。沈没後の大爆発で無数の白熱した鉄片が降り注ぎ、大勢の乗組員が死傷した事などが語られている。

 本土帰還後は陸戦隊員として呉地区で守備、原爆投下後は翌日から広島市内へ入り、爆心地の観測も行った為に原爆症にも苦しめられる。そういった体験の数々を、著者は語り部として現在まで教育現場を中心に講演され、平和の本質を問う活動に尽力されて来た。また沈没した大和の位置を確定し、「海の墓標委員会」の海底の大和の映像を捉える事業に助力している。

 本書に著される重要事項として、今では常識になりつつある吉田満『戦艦大和ノ最期』の作為的な記述を弾劾されておられる(実在する第二艦隊の駆逐艦の士官が、救助を求める将兵の手首を軍刀で斬ったという架空の記述)。重版される同書にはその旨を明記するよう建議されている事には多いに賛意を表する。尚、同書中で、重厚なアーマーの内部にあった機関科、主計科烹炊部の将兵は、被弾の衝撃と傾斜によって防水扉が開かず、全滅したという記述は肯定しておられる。また右舷水密区画への傾斜復元注水の際、同じように兵員を脱出させる事が出来ず、『水が首のところまできています。ハッチはもうあきません。お世話になりました。さようなら』という悲痛な訣別の挨拶を艦内電話を通して報告してきたり(福山市・大村茂良氏の証言)、重傷を負いながらも、軍医も医務室も全滅してしまって手当も出来ずに放置され苦悶のうちに死んでいったり、艦内で、最上甲板で沢山の戦友を失った悲惨な戦闘から生還した嘗ての乗組員達は、皆一様に、

「『自分だけが生き残った』という罪悪感は強く、生きててよかったと何十年も思えなかった。それよりも『なんで死に損なったんだ』という思いが強かったんです。」

という、戦争と戦友たちへの遣り切れない思いを抱いて戦後を生きて来られている。あの日「大和」艦上にあったのは、その殆どが前途有望な20代前半の若者たちであった。本書で唯一つ残念なのは、破甲爆雷を抱いて米軍戦車に肉薄攻撃する訓練を「自爆テロのようなもの」と表現されている事である。狂信的な思想のもとに無差別に市民をも巻き込む自爆テロと、旧軍の特別攻撃とは本質が違うので、同列には述べて頂きたくないと思うものである。
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