日中戦争の発端となったといわれている「盧溝橋事件」の舞台となった地を訪れた著者が、現地の中国人女性から、
「あなたは日本人として、いまここで謝罪しなさい」
と言われる場面があるのだが、その際に著者の取った毅然とした全くぶれのない態度に、わたしはとても驚くと同時に、私自身が、そういった場面で明確な意志で答えられる何の意見も持たず生きてきたことに気づく。
日中戦争のことも戦後の日本と中国のこともあまりにも、何も知らずにきてしまった。果たして、この本をこのまま読み進めていっていいものかどうか、一瞬悩んだ。大きな宿題を小脇に抱えたような状態で、そのまま読み進めてみると、まさにこの小脇にある宿題そのものが、著者が読者に語りかけようとするひとつの大きなテーマとなっていた。主に第4章で、展開されていく。
「A級戦犯」という言葉や「東京裁判」という言葉を、観念的に、戦時中の極悪な日本をあらわすものとしてしか捉えていなかったことは、日本人として、なんとも皮相な態度だと、痛く反省。毎年のように8月が近づくと、公職者の参拝について取りざたされる靖国問題についても、たいした根拠も持たず何となしの意見をかざしてきたような、いい加減なわたしのような人間には必読だけれど、これからの日本を背負ってたつ、若い世代の人たちがこういう本を読んでくれたらいいなと思う。
戦争や戦争責任といった重くて難しいテーマを扱いながらも、わらわし隊の行動の経緯を追い続けることで物語の背後に終始聞こえてくる人々の嬉しそうな笑いさざめきや、著者が取材を通じて出会う人々との関わりに見えるあたたかさといった人間味ある体温の中に、自然と読み手を引き込んでいく筆の運び方が秀逸だ。
戦争というのは、災害でも事故でも見知らぬ生き物の仕業でもない、われわれ人間自身の行為なのだ。だから、私たちは自分自身で、戦争の悲惨さや酷さを直視し、歴史をきちんと知っていく必要がある。そう強く感じる本である。