戦後日本はソフト・パワーを駆使して、世界に認められる「想像の共同体」を再構築しようとしたが、それは、いわば内外からの地上げと床上げで浮上する、バブル文化のようである。どうしてこのような文化的環境が出現することになったのか。
大阪大学教授・松田武の新著『戦後日本におけるアメリカのソフト・パワー』を読むとその答えが見えてくる。占領政策の一環として、米国は日本の知的指導者を親米的で民主的な指導者に育成しようとしたが、その意図に反して、権威に弱いエリート主義の指導者を成長させてしまった。彼らは平等や公平といった民主主義の理念の理解やその実践となると危うい限りである。ただ、彼らはソフト・パワーの行使になると、米国側から即時に多くを学び取り、双方向の文化交流を実行するようになった。
本書は、しっかりと地に足がついた実証研究である。それはウィスコンシン学派の歴史研究の姿勢そのものであり、松田氏は史実を臆せず語る。たとえば、戦後日本の民主化の中心的存在であったある有名な知的指導者が、実はエリート主義の権化で中央集権思想の体現者であったことが露呈される。彼は日本の最高の大学の学長で、スタンフォード大学が提供するアメリカ研究セミナーを自分の大学で主催すると主張し続けたのである。ロックフェラー財団やスタンフォード大学側は、適格者がすべて参加できるよう、全国的にセミナーを開催しようと計画していたのだが・・・
本書は、第一次史料に広く基づく強みと魅力、それに思考を促す数多くのエピソードに満ちている。人文科学、社会科学を問わず、また研究者のみならず大学生や一般読者にとっても興味深い第一次資料に出くわすはずだ。