この作者の代表作が「夏の花」(1947年)であることは知られている。敗戦の
前年に妻を失った原民喜は広島の兄の家に疎開し、そこで原子爆弾に遭遇する。
被爆体験を一人称で描いた短篇小説が「夏の花」なのだが、「壊滅の序曲」はそ
の凄絶な日に至るまでの、戦争末期の一族の暮しの姿を捉えている。
兄達夫婦に寡婦の妹、更にそれぞれの子供である甥や姪を加えた人々は、どこ
にもありそうな気持ちの軋みを抱えて生きている。だがそこを流れる時間が壊滅
の行き止まりに達することを知る作者の目には、ささやかな出来事の一つ一つが
終末の閃光の反映を受けて影の世界を浮かび上がらせているかに感じられる。
作者と重なる三男の正三は、しかしこの重い流れの単なる傍観者ではない。終
末への予感の中でこの世界を認識しようとし、同時に当の自分自身のあり方も彼
は常に観察し続けねばならない。
正三が生きるのは、日常が異常となり、異常が日常となる世界に他ならない。
この二つの相の入れ替わり、反転、逆転は人間の生きる上で本質的なものではあ
るのだが、当の異常が壊滅と呼ばれるほど巨大で決定的である場合、日常生活の
細かな襞は間もなく消え失せるものとして、終末からの光の中に哀切で切実な姿
を浮かび上がらせることを、あらためて感ぜずにいられない。
〔太田良博「黒ダイヤ」〕
戦後の日本文学に関心を持つ人にとっても、この作者の名前と作品名は目新し
いものであるだろう。それはこの短篇が沖縄で書かれ発表され、その後読まれる
機会が少なかったためと思われる。同じ占領期といっても、軍政下の沖縄は他の
地域と異なる状況に置かれていた。
地上戦の戦場となったこの土地では、文書・図書が全滅に近いまでに消尽し、
印刷機や謄写版までが焼失して、人々は印刷物から遠ざけられた生活に陥った。
その上、行政的分離によって「日本本土」との交流を絶たれた沖縄は、1冊の
雑誌さえ読むことの出来ぬ状態が続いた。
太田良博の「黒ダイヤ」は戦後沖縄文学の出発点として評価されたのだから、
「日本本土」の戦後文学の誕生からは数年遅れたことになる。そこにこの土地の
文化的苦境が窺われる。
戦時中インドネシアに駐在し、日本語を教えたりマレー語の通訳をしたりする
任務を負っていた「自分」と現地の18歳の美しい少年との、心の交流とも精神の
共鳴とも呼べそうな関係を抑制のきいた言葉によって綴る短篇だが、列強の支配
から独立へと向うアジアの一少年の姿が複雑な感慨をもって描き出され
る。(抄)
(黒井千次/くろい・せんじ・作家)
■1945年から1952年までの被占領期を1年ごとに区切り、編年的に構成した。但
し、1945年は実質5ヶ月ほどであるため、1946年と合わせて1冊とした。
■編集にあたっては短篇小説に限定し、1作家1作品の原則で選択した。
■収録した小説の底本は、作家ごとの全集がある場合は出来うる限り全集版に拠
り、全集未収録の場合は初出紙誌等に拠った。
■収録した小説の本文が旧漢字・旧仮名遣いである場合も、新漢字・新仮名遣い
に統一した。
■各巻の巻末には、解説・解題とともに、その年の主要な文学作品、文学的・社
会的事象の表を掲げた。
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