調べたことを整理したので大著になりましたという本。著者が音楽学のオーガナイザーの
ひとりというのが残念。もっと深い洞察力がある人だと思っていた。出版不況なので、
どこも枚数増やして価格を高く設定するのが流行しているようだ。活字の多さに免じて星2つ。
ひとつには議論の水準の低さ。
山田耕筰戦犯論については日本近代美術研究でいえば、90年代はじめくらい前の水準の
議論をやっている。これだけ枚数があるなら、日本の戦前戦後の芸術家という枠からも、
論じるべき。古いだけでなく、独自の視点が皆無。
それから芸術表現の問題に触れていない。芸術におけるポリティクスは、その言説と表現の
切り結びにこそギャップがあり、「音楽学」における意味深い問題がある。たとえば、
音列技法にどう対処したかというのは言葉の問題だけではないし、その関わり合いである。
整理すれば事足りると著者は思ったのだろうか?
また、シリアス音楽をテーマするのはよいが、戦後のシリアス音楽のパトロンであり、
基地は「音楽大学」である。ほとんど=現代音楽である。講座学としてシリアス音楽を
語らずにポリティクスはないだろう。制度論やるなら、これは回避できない。
「芸術音楽のポリティクスとポエティクス」とあるが、政治学も詩学もこんな次元では笑われるだろう。
両方の議論が精緻であることが前提で、そのふたつを結びつけるところに著者の課題があった。
各イデオロギーの構造についても、音楽をつくり奏でるリアルな創作の現場もこの本にはない。
そしてなによりも、両者をつなぐ喜びや苦さの創造性も論じられていない。
ちょうど、タモリの「戦後日本歌謡史」を聴いていた。シリアスにシリアス音楽を考えたい人は、
こちらを聴いたほうが良い。