「明治の武士道は本来の武士の生き方とは異なる」
こうした議論は、他にも菅野覚明がものしている(『武士道の逆襲』講談社現代新書)が、これもまた勝るとも劣らない一冊である。
著者は『平家物語』を中心に日本中世文学を専攻する研究者であり、その素養をフルに使って、武士のリアルな生き様としての「だまし討ち肯定の論理」を描き出す。ただ、それは本書の価値の3分の1を占めるに過ぎない。その点を確認した上で、筆者の問いは「謀略・虚偽肯定論を当たり前の前提とした上で、そこには果たして倫理が成り立ちうるのか、成り立つとすればそれはどのような倫理か」と発展し、さらに「そのような武士の生き様が何ゆえにフェアプレイ精神のように解されるに至ったのか」を問うまでに至る。
これは、『葉隠』や新渡戸『武士道』を否定して済むような問題ではない。著者が最後で示唆するように、それは戦争一般、戦いや暴力そのものへの根源的な問いへとつながる。単純な「創造された伝統」論にとどまらない奥行きを持つ快著と言えよう。