ボロジノの戦闘シーンが凄い。この凄さを生み出しているのは、圧倒的な人間の数の多さと火薬の量だと思う。この映画では、多くの戦争シーンが俯瞰で描写され、しかもその画面の至る所に兵士たちがいる。ここから見えてくるのは、軍人は一個の生命ではなく、戦略のための一個の駒だ、という現実。
映像と文章にはそれぞれ得手不得手がある。こちらに反省する暇も与えずに展開される激しい戦闘シーンは、きっとどんな名文よりも説得力があるだろう。だが、微妙な心理描写になると、いつも映画の展開が速すぎるように私には思われる。俳優たちがどんなに泣いたり笑ったり怒ったりしても、これがこちらの心にキチンと届く前に次の場面に移ってしまうので、どうもその状況が今ひとつわからなかったという印象??持つことがままある。ナターシャの、「恋に恋する」という月並みな言葉では表現しきれない純粋さと悲しさ、また彼女の婚約者であるアンドレイの苦しみなど、原作を知らない人たちがこの映像だけで果たしてどれだけ理解できるのだろう、という疑問がある。
時々「原作を越えた映画」などという言葉も耳にするが、もし本当にそうなら、その原作のほうが余りたいしたものではなかったのだろう。私はこの大作を読み終えたとき、男のくせに、常識的には不道徳としかいえない行動に走ってしまうナターシャの心理が、まるで自分のことのようにわかったような気がした。それは私の年齢的なせいもあったかもしれないが、またトルストイの卓越した文章力のなせるわざだと思う。可憐なナターシャ、生真面目なアンドレイ!、そして心優しいピエールの真の魅力を知りたい人には、ぜひ原作のほうも一読してほしい。