19C中葉に始まる国際博覧会が帝国主義の遺伝子を抱えていることは当然だと思うし、敗戦から四半世紀後、高度成長の只中で開催された大阪万博の場合、東京オリンピックに勝るとも劣らない国威発揚の含意があったことは想像に難くない。各国の技術や美意識の水準を示すという博覧会の趣旨から考えて、そこに多数の技術者・芸術家が動員されることも当然だろう。
ただ本書の手柄は浅田孝という人物を掘り起こすことによって、1942年の「大東亜コンペ」一等に選ばれた丹下健三の「大東亜建設忠霊神域計画」と大阪万博を具体的な系譜によって繋いで見せた点。鍵になるのが、建築を都市計画的な観点から捉える「環境」の概念で、これがメタボリズムやエンバイラメントの会へと引き継がれ、その中心メンバーが万博の企画に深く関わる。多くの技術者・芸術家を呑み込んだこの巨大プロジェクトを著者は満州国建国と等置し(p252)、さらには田中角栄の「日本列島改造論」に継承されたと論じる(p264)。
著者は結論部で、浅田の思考が「官僚制の手に落ちてしまった」(p285)のは「クリナメンの欠如」に起因するとし、これに岡本太郎とダダカンを対置する。それは沖縄であり、バロック的呪術であり、挫折させられた讀賣アンデパンダンに集った「無軌道な前衛芸術」(p76)なのだが、この辺りは「弥生に抗する縄文」だとか「縄文はクリナメンだ!」だとかいう紋切型に落ちそうな性急さも感じた。
しかし浅田孝が浅田彰の叔父という事実もあり、本書中で「浅田、浅田」と連呼されるのが浅田彰みたいに読めて、必ずしも不自然でないのが不気味だった。