第三者的に見れば、中立的に良く書かれたルポルタージュに見えると思います。
しかしながら、韓国に行かされた花嫁たち(自分たちでは相手を選べなかった彼女たち)
の寒村での劣悪な環境は、「他の国から来た花嫁が全部逃げてしまった」、
という本文のくだりで明らかにしているのに、「統一教会のつて」で会ってもらえた信者の
インタビュー印象だけで向こうに渡った人々が幸せに暮らしているかのように描き、
現実に家族と連絡がとれなくなっている問題を片づけてしまうのはいかがなものでしょうか?
筆者が韓国取材で会った花嫁は、「現役信者」によって紹介された「現役信者」の花嫁6名です。
また、脱会者が脱会に協力した宗教に入信する率は約1%程度で、一般の方々と変わりません。
これは宗教戦争ではないのです。
私は保護説得の現場で、無宗教者としてその場にいましたが、かわいそうな家族のために、
牧師と寺のお坊さんが協力して、手弁当で親身にがんばっていました。
この書の中では、文献の取り扱いも、常に脱会させる側のものには疑問符を付け、
統一教会側のものは丸のみにしている印象があります(数値などを含め)。
全体に、「これは統一教会の人が言ったから真実に違いない」、
「これは反対側が言ってるから疑問符だ」という傾向の記述が多すぎると思うのです。
そのせいでしょうか、統一教会員がこの書を参考図書として取り上げ、
ネット上で「拉致問題」なるものを訴えています。
霊感商法をする側が、この書で鬼の首をとったかのように元気づいているのです。
この書にある「脱会させる側の落ち度(家族によるご自宅での<監禁>)」に関しては
「そういう例も聞いたことがある」ので星3つとしますが(被害者も加害者もお気の毒なことです)、
それをもって、霊感商法や恐怖をいだかせる因縁話(手相・印鑑etc.)で
人様から献金を巻き上げるカルトの側に立つのはいかがなものか、と思います。
実際に、2008年になってからも統一教会の5人の信者が
印鑑の霊感商法を行って逮捕されたと報じられました(長野県松本市)。
保護説得を「拉致問題」にすり替えることは、
例えるならば、街に乱入して一般人に迷惑をかけた暴走族が、
暴走行為を身を張って止めようとした家族や教師のことを
「押さえ付けられたー」と訴えるようなものです。
統一教会側の問題は小さく描き、家族の側の問題は針小棒大であること、
そして「良く知らない人には中立に見える」という点がこの書のマイナス点です。
最後に付け加えるならば、彼らは「不快な隣人」などではありません。
「脱会の恐怖で信者を縛り、霊感商法を行わせる隣人」だと私は思います。
【追記】
筆者の別の書『カルトの子』もあわせてお読みください。
カルトの子―心を盗まれた家族 (文春文庫)こちらでは同じ筆者の米本氏が「統一教会の家庭ではまともに子供が育っていない」ことを強調し、
教祖=文鮮明の長男が「ドラッグ漬け」であるという、裁判でも認められた事実を、ちゃんと書いています。