かつての構造改革派は、今は、「新自由主義者」を自称しているようだ(八代尚宏『新自由主義の復権』)。編者の一人である八代尚宏氏はいわずと知れた、かつての小泉構造改革で、経済財政政策の立役者の一人だった。本書は、日本経済研究センターの研究企画から生まれた、新自由主義者たちによる医療産業論である。当然のことながら、医療や介護の(少なくとも一部の)自由競争強化が主張テーマである。TPP参加問題の議論が盛んになる以前にまとめられたのか、TPPに関する言及はない。出版時期がもう少し後になれば、医療の視点から、TPP参加応援の論陣を張ったのだろうか。
本書では、財源論、混合診療、高齢者医療、医薬品業界改革などについて、現在の非効率さとその効率化の議論が行われている。
新自由主義者の主張で致命的な欠陥があると思えるのは、複雑系である社会経済システムの一部を切り取り、その非効率さの解決のために市場化を行うべきだという論理そのものである。その際、取り出された一部の政策の市場化で生じうる副作用については、論じられることは全くない。構造改革の目玉政策として、彼らの論理により派遣労働の自由化が推し進められた結果、多くの派遣切りにつながり、社会保険料(国民健康保険や国民年金)も払えない多くの人々を生み出し、医療崩壊の後押しをしてきたことは周知の通りである。
新自由主義の本家アメリカでは、医療の市場化が極限まで進められた結果、国民一人当たりダントツに高い医療費と、多くの無保険者を含む凄まじい医療格差社会、先進国の中で最低レベルの平均寿命を生み出した。本書で、医療や介護の自由化を主張している論者達は、アメリカ医療の現状をどう分析し、どう評価するのだろうか?
日本の医療に多くの非効率さが含まれていることに、異論はあまりないだろう。しかしその改革のため、新自由主義のご託宣に従ったら、アメリカの二の舞になることは間違いない。医療のような複雑系の改革で最も大事なことは、歴史に学ぶことである。そのためにはイギリスなどの改革事例が参考になる。本書で唯一参考になるのは、オランダのプライマリケア制度(家庭医制度)である。この仕組みの導入には、新自由主義は不要である。政治的決断だけで、医療問題の相当部分(医師不足、医療費問題)が解決可能と思われる。