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国際的な作家の長江古義人(こぎと)は母の死後に故郷の森へ移り住むことを決意する。同行者は知的障害者の息子であるアカリと、10年も前から古義人の小説を研究しているアメリカ人女性ローズ。妻の千樫は自殺した兄、吾良(ごろう)の女友達を助けるためベルリンに滞在中だ。
故郷に戻った古義人はしばしば引用される『ドン・キホーテ』の主人公のように喜劇的な冒険者として描かれる。吾良の自殺を中心に魂の再生を描いた迫力のこもった前作に比べれば、1960年代の政治活動のパロディをするなど、本書はノスタルジックな色合いが強いといえる。その理由は、本書のなかで大江自身がモデルと思われる古義人が言っているように「自分が作り出した作品世界において根本的な主題系を(中略)あらためて検証しようとしている」からにほかならない。そして、検証の中心になるのが土地の伝承に出てくる「童子」だ。つねに少年として森の奥に生きる童子は、この土地を危機が見舞う際、時を越えて出現し人々を救う。古義人は幼い頃、童子に置き去りにされたという心の傷を抱えてずっと生きてきたのだ。
狂言回しの役割を担うローズの客観的な批評も盛り込み、みずからの軌跡や土地の伝承をつまびらかに検証する本書は、戦後50年の日本社会の再検討のみならず、200年に及ぶ日本の近代化の歴史を周縁から問いなおす大江文学の集大成である。同時に、最も重要な主題にあらためて向き合い、新たな地平を切りひらく野心作といえるだろう。(齋藤聡海) --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
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「ドンキ・ホーテ」を手に小説家は東京から故郷へ帰る。彼は自殺した義兄の映画監督との思い出を振り返り、彼は人生のけじめをつけたのだと主張する。作品の最後に小説家と映画監督にとって衝撃的な事件がそれぞれの創作の原点として存在することを明かす。これは大変ショッキングなものである。
私小説のようであり、フィクションもある「大江調」ともいえるスタイル。もちろん大江はかねてから「すべての小説はフィクションである」と主張しており、すべてが現実の話ではない。しかし、現代純文学にベテラン健在をアピールしている。
例によって、「私小説」と見まごう体裁ではあるが、柳美里のように旧態依然且つ能天気な「不幸自慢」の対極にあり、「メタ小説」とも言うべき精緻な構造の深化はさすがである。
その「仕掛け」を十分に楽しむためには、誤解を恐れずに言えば、ある程度の「教養」のみならず、持続的に大江作品を読む経験をも求められるのは致し方ないところであろう。
それでも、その結果得られる確とした読書の喜びは、掛替えのないものであって、期待に反して編集者不在を象徴するようなファンクラブ向け作品を読ませられる落胆とは比ぶべくもない。
今や、真面目は嘲笑の対象でしかないが、それでもなお前進を続ける大江健三郎から目を離すことは出来ない。
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