慧能(638−713)は、中国に禅を齎した達磨から6代目の後継者。事績を伝える資料は、19種。しかし著者は、それらを考証し史的な一つの慧能像を求めません。むしろ彼を崇めた人達の心に生きていた慧能、歴史の中で変容していった慧能像を、そのまま記述。読者に慧能禅への理解を促しています。現地の関連写真も多く、また経も読み下し文で、読みやすく配慮されています。
衝撃的な生涯です。○彼は文字を識らず、お経も読めなかった。が他人が音読する経を聞くと、自己の体験に即して直ぐに理解した。○貧困のまま長じて、金剛経を偶々聞き、即座に仏性に目覚め、五祖の元へ赴いた。○五祖と面談後、厨房で足踏みで米を搗く作務を、腰に石を附け8ヶ月もひたすら励んだ。○五祖は、これを知り己が後継者と認め、密かに法を伝授した。○剃髪して坊主になったのは、弟子が出来た後(676年)だった。○死後、遺体は膠漆でミイラ化された。中国南禅寺に現存。本文中には、写真もあります。
○「仏性」も、それを見る「般若の智慧」も、人に本来的に備わっている。○心を安定させる「定」と本性そのものを見る「慧」は、等であり一体。○あらゆる所で常に、執着することのない自在の心「直心」が肝心。○法には頓漸はなく、捉われない心の働きは、一瞬毎に連続して続く。○「無」とは何も無いのではなく、相対的分別や煩悩を離れること。○「坐」は、あらゆる対象への念、計らいを起こさない。本来の仏心を見て心に乱れが無く、自在に働いている本性のあり方が「禅」。○仏土は、彼方にではなく、自己本来の「仏性」にある。が彼の禅風だそうです。
鈴木大拙は、『慧能』を、作務と座禅を一つのものとし、禅を中国化した人と考えました。本書を読み改めてなるほどと思いました。