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慧能―禅宗六祖像の形成と変容 (唐代の禅僧)
 
 

慧能―禅宗六祖像の形成と変容 (唐代の禅僧) [単行本]

田中 良昭
5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

出版社/著者からの内容紹介

「本来無一物」の言葉がよく知られる、禅宗第六祖慧能。のちに隆盛を極める中国禅宗の要ともいえるその地位の重要性を反映して、様ざまな伝承が残されている。幾種もの複雑な伝説に彩られた慧能の生涯と、のちに作られていった「慧能像」の変遷を、各種の伝記を整理してまとめ、後世への影響まで見通す。

内容(「BOOK」データベースより)

禅宗第六祖に位置づけられる慧能。のちに隆盛を極める中国禅宗の要ともいえるその地位の重要性を反映して、様ざまな伝承が残されている。幾種もの複雑な伝説に彩られた慧能の生涯と慧能像の変遷を、各種の伝記を整理してまとめ、後世への影響までを見通す。

登録情報

  • 単行本: 249ページ
  • 出版社: 臨川書店 (2007/06)
  • ISBN-10: 4653039917
  • ISBN-13: 978-4653039914
  • 発売日: 2007/06
  • 商品の寸法: 18.8 x 13.6 x 2.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
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By ビブリオン トップ1000レビュアー VINE™ メンバー
形式:単行本
慧能(638−713)は、中国に禅を齎した達磨から6代目の後継者。事績を伝える資料は、19種。しかし著者は、それらを考証し史的な一つの慧能像を求めません。むしろ彼を崇めた人達の心に生きていた慧能、歴史の中で変容していった慧能像を、そのまま記述。読者に慧能禅への理解を促しています。現地の関連写真も多く、また経も読み下し文で、読みやすく配慮されています。

衝撃的な生涯です。○彼は文字を識らず、お経も読めなかった。が他人が音読する経を聞くと、自己の体験に即して直ぐに理解した。○貧困のまま長じて、金剛経を偶々聞き、即座に仏性に目覚め、五祖の元へ赴いた。○五祖と面談後、厨房で足踏みで米を搗く作務を、腰に石を附け8ヶ月もひたすら励んだ。○五祖は、これを知り己が後継者と認め、密かに法を伝授した。○剃髪して坊主になったのは、弟子が出来た後(676年)だった。○死後、遺体は膠漆でミイラ化された。中国南禅寺に現存。本文中には、写真もあります。

○「仏性」も、それを見る「般若の智慧」も、人に本来的に備わっている。○心を安定させる「定」と本性そのものを見る「慧」は、等であり一体。○あらゆる所で常に、執着することのない自在の心「直心」が肝心。○法には頓漸はなく、捉われない心の働きは、一瞬毎に連続して続く。○「無」とは何も無いのではなく、相対的分別や煩悩を離れること。○「坐」は、あらゆる対象への念、計らいを起こさない。本来の仏心を見て心に乱れが無く、自在に働いている本性のあり方が「禅」。○仏土は、彼方にではなく、自己本来の「仏性」にある。が彼の禅風だそうです。

鈴木大拙は、『慧能』を、作務と座禅を一つのものとし、禅を中国化した人と考えました。本書を読み改めてなるほどと思いました。
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形式:単行本|Amazonが確認した購入
「神秀の北宋禅が払塵観浄の漸修であり、慧能の南宋禅が仏性徹見の頓修である(p.56)」ことは以前から知っていた。しかし数年前の私は「頓修は詭弁で、漸修が正当」と決めつけていたので、ブッダダーサ比丘がなぜ慧能の著作を翻訳したのかが気になっていた。
しかし本書が引用する慧能の言葉を読むと、慧能自身は「払塵観浄の漸修は、塵と浄という二元論に陥りやすく、従って二元論から離れられない迷える人(=鈍器の凡夫)の修行である。(だからと言って、無駄な修行ではない。)
一方、仏性徹見の頓修とは、あらゆる所で行・住・坐・臥の四六時中(これを一行三昧p.205と言う)、常に本質は浄であるという仏性を徹見(i.e. 観、ヴィパッサナーのこと)できればその瞬間に悟りを得るというもので、二元論に囚われない悟れる人(=悟りに近い人、利器の凡夫)の修行である」(p.210)と論じている。
しかも、神秀の漸修も慧能の頓修も、五祖弘忍の禅に胚胎していた(p.209)ことが示される。
なるほど、ブッダダーサ比丘が慧能に注目したのはこのことだと、腑に落ちた。
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