パルタージュってのがつねに「分割=共有」になってるんだけど、たいていの場合はたんに「分割」でいいんじゃない? artを「芸術=技術」っていうのもそうで、うろ覚えだけど、「プラトンにとってはそもそも芸術は存在せず、ただ諸芸術=技術だけがあった」みたいな文があった。プラトンにおいて芸術の意味でのアートはないというんなら、その後の複数形のアートは「諸技術」でいいのでは? 芸術はないのに芸術はあるって、意味が分かりません。全体に訳文が必要以上に読みづらいです。
本文が理解困難なのでインタヴューや解説に助けを求めようにも、インタヴューはこの本とあまり関係ない話をだらだらとしているだけだし、解説らしきものも実は解説ではなくそのインタヴューの流れで(「解説に代えて―対話の余白に」だって。真面目に解説してくれ!)、ランシエールと並ぶ訳者的アイドルということらしいアラン・バディウを無闇に参照しながら独自の議論を開陳している。でも、当のインタヴューではランシエール自身、自分とバディウはあまり関係がないって言ってるんですが。うーん。こういう本の作りってどうなのか。