内容(「BOOK」データベースより)
自動車構造画をアートにした男。テクニカルアートの鬼才、猪本義弘。戦後すぐ中学を中退、大手自動車メーカー宣伝部を経て、40代にしてフリーランスに…。自らの道を模索しつづけて世界のINOMOTOが生まれた。それまでの長く暗い道を照らしたのは感性の輝きだった。
内容(「MARC」データベースより)
テクニカルアートの鬼才・猪本義弘。戦後すぐ中学を中退、大手自動車メーカー宣伝部を経て、40代にしてフリーランスに。自らの道を模索し続けて、世界のINOMOTOが生まれるまでの道をたどる。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
興津 千恵子
1933年熊本市本荘町に生まれる。45年熊本市立本荘小学校を卒業。私立尚絅中等学校・高等学校を経て、東京家政学院本科を卒業、NHK熊本中央放送局・放送劇団三期生となる。57年結婚、二男一女の母。熊本・日本チェコ協会、熊本市立博物館博萌会、福祉人形劇たけのこ会等に所属。編書に『戦争の頃、子供だった。―いのもとよしひろ詩文集』がある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1933年熊本市本荘町に生まれる。45年熊本市立本荘小学校を卒業。私立尚絅中等学校・高等学校を経て、東京家政学院本科を卒業、NHK熊本中央放送局・放送劇団三期生となる。57年結婚、二男一女の母。熊本・日本チェコ協会、熊本市立博物館博萌会、福祉人形劇たけのこ会等に所属。編書に『戦争の頃、子供だった。―いのもとよしひろ詩文集』がある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)