この本を手に入れるまで、野呂邦暢という作家をまったく知らなかった。だが一読して、すばらしい文体と内容の小説を書く作家だと知った。
この小説は、1980年に42歳で世を去った著者が、1978年に6回に分けて書いた短編連作をまとめたものである。主人公は古書店を継いで間もない、26歳の男性である。古本、主として詩集と、それにまつわる恋愛が、謎解きの形で語られていく。全部で6章からなり、それぞれ次のようなタイトルを持つ:「燃える薔薇」、「愛についてのデッサン」、「若い砂漠」、「ある風土記」、「本盗人」、「鶴」。
これらの中で、私が傑作だと思ったのは第2章「愛についてのデッサン」である。小説全体の表題にもなっているのも当然だというぐらいの名作だと思う。ちなみに「愛についてのデッサン」とは丸山豊氏の詩の題名でもある。この章はいくつもの恋愛、すなわち、岡田京子という女性に対する主人公の思い、トンちゃんの失恋、秋月老人とその家族の別れ、という重層構造で成り立っている。それでいて難解にはなっていない。
この小説の文体は平易であり読みやすいが、「万年筆のキャップをはずして一行書けばそれが詩になる」(佐藤正午氏による解説から)というぐらい詩情に満ちたものであり、それが、この小説の魅力になっている。