本書を読んで、その意識の低さに本当に恥じ入ってしまった。著者の故郷であるハイチの現状を全く知らずにここまできてしまったのだから。著者の育ての親ともいえる、伯父さんが体験したハイチの不安定な政情から起きた動乱は、ルワンダのフツ族とツチ族の血みどろの抗争に起因した大虐殺を彷彿とさせる。しかもこのハイチの動乱は2004年に起きたことで、つい最近のことではないか・・・。自分はいったい何をしていたのだろう。その反面、それだけ日本が平和であるということにも感謝すべきなのだろうけれど、自分の料簡の狭さが嫌になる。
しかし本書では、そうしたハイチの現状に目を向けて欲しいということと同時に、自分を育ててくれた人たちの人生、そして自分の人生、これからの子どもの人生を含めた、生命の繋がり、受け継がれる文化が中心に描かれている。それらを語る著者の流麗な文体(それを活かした訳)にあっという間に引き込まれ、こうした身内の人生を語ったエッセイにつきものな、多少退屈な部分、というものが一切なく、その体験すべてが貴重で、だから著者が作家になれたのか、作家だから、それらをうまく調理して運命に抗わず、しかし決して自分たちを見失わない親の生き方を描けたのか、とにかく最後まで興味深い内容だった。
ダンティカが幼いころはハイチにいて、思春期にNYで両親と暮らすことになったのは、デビュー作にもある通りだが、こうして改めてそのことを読むと、この父と伯父の絆の強さに心が打たれる。そしていわば親に置いていかれたようなダンティカ(と弟ボブ)が、親の愛を確かめようとする気持ちも痛いほど伝わってきた。NYで両親が生計を立てている間、兄弟が2人生まれるが、その兄弟とボブもあっという間に、男兄弟同士の絆を育んだあたりも強く心に響いた。何というか、皆がしっかりしていて、子どもも甘ったれではなく、お互いを思いやり、チームワークの良さを感じるというか、やはり、絆が強い、という一言に尽きる。
父が死にゆく一方、ダンティカのお腹に命が宿っていく。なかなかそれを両親に言いだせないダンティカの気持ち、父に死期が迫っていることを告げるかどうか皆が悩んでいたら、逆に父から自分は治らないだろうから、今後のこと(母のことも含め)を考えようと提案する行、息子から自分の人生はどうだった?と訊ねられ、それに対する父の答え、伯父の病、声が出なくなり、現状を紙に書き留めていたものが燃やされ、そして最後に起きる事件・・・養女の人生と死、伯母の最期(『おくりびと』的な情緒はなく、テキパキと作業する青年はプロだが、やはり著者のとまどいがとてもよく分かる。著者が『おくりびと』を見たら共感してくれるのではないか)すべてが見知らぬ人たちのことながら、まるで自分の身内のことのように強く心に響いてきた。読みかけの『Breath, Eyes, Memory』を読みたくなった。