今世紀の徳永楽曲の特徴は、シンプルなメロディーだけどことばがじっくり染みてくる曲が多いことにあります。着飾らず素直な想いをそっとおいて行くように、しなやかな旋律に乗せた落ち着いた声はことばの感情を後から滲ませ、リスナーの行間へ浸透させてゆきました。
この「愛が哀しいから」もまたそんな効用をベースに組み立てられながら、「青い契り」などにも繋がる哀愁のセンチメンタルさを旋律に持ちます。でもこのシンプルな旋律が活きているのは、哀しみを哀しく歌わない彼のうた表現の素晴らしさでした。国民的名歌手藤山一郎は“かなしいうたは感情をこめない。あかるいうたはウエットさをのせる。これが大人の表現だと私は思います”ということばを遺しています。今の徳永英明のうたというのは当にこの領域にあると思うのです。これは『VOCALIST』以前から彼の歌が持ち合わせていた要素ですが、あの企画で一気に開花した、感情を殺し客観性や俯瞰を声色に集中させる表現です。これにより山田ひろしの詞が一段上に止揚されているんですよね。
山田ひろしと徳永英明が生み出すシンプルなうたのすばらしさは、松井五郎と玉置浩二が生み出す同様のシンプルさの効用に似て、こんなドライな時代に大事なものをいつも見つめ直させ、灯りをともさせるのです。
一方、「ことば」もA面にしてこれだけで売り直してもいいような、いい曲に思います。非常に無垢なこの詞は、無防備で本音だけで詠われています。しかしだからこそとても訴えかける力があり、旋律も編曲もシンプルな仕上がりにしたからこそ、この素晴らしいことばが生きている楽曲でした。彼の第一声が入りAメロが綴られる場面は、徳永英明という歌い手だけがみせる透明な感情が表れた声の鳴りになっています。またサビでの音色も歌声の中に華奢さをみせながら、しかし伝えんとするかすかな強い表情がみえ、それはこの歌手の魅力ですね。決して叫ばないから胸を打つことばの叫びがあります。