かなり以前に早川書房のポケットミステリから岡村孝一訳で出ていたジャン=パトリック・マンシェットの『狼が来た、城へ逃げろ』の新訳版である。
私は旧訳も読んでいるが、物語のディテールをほとんど忘れていたので、興奮をおぼえながら、ひといきに読み終えた。即物的な文体。展開がたいそう速くて過激。英米の一般的なミステリとは異質なフランス産ミステリ。光文社古典新訳文庫のラインナップのなかでもひときわ異彩を放っている。三十余年の歳月が流れて、いよいよロマン・ノワール(暗黒小説)も文学の古典の仲間入りを果たしたということか。
いま読むと、執筆された当時の社会背景と思潮が多分に影を落としているようだが、暴力とニヒリズムと無政府主義、銃とクルマへの執拗なこだわりなど、わが国の大衆的な人気作家だった大藪春彦の世界観と通底する特徴が浮かびあがっていることは興味深い。
訳者の中条省平が解説も書いていて、読みでがある。懇切丁寧。作品への愛がしっかりと伝わってきた。それにしても、じつは岡村訳の旧題が誤訳だったとはなあ。しかし、読者の側から見たときに、新訳の凝った題名より『狼が来た、城へ逃げろ』のほうが作品の意図するところを的確にあらわしているようにも感じられるのは皮肉な話だ。