扱っている内容は
クオリア入門―心が脳を感じるとき (ちくま学芸文庫)とほぼ同じであるが、どちらかを選ぶなら本書を薦める。
「コーヒーはあなたにとっても私の場合とまったく同じ香りがするのかどうか思いをめぐらしても、私はけっして答えを見出すことができない。言葉では言い表せないこれらの質がクオリアである」と説明されると、意識の問題におけるクオリアの重要性がよくわかる。
自由意志が存在するか否かを論じる際に必ず引用されるリベットの実験は、「何かをしよう」という明確な意思決定の前に、既に脳が活動を始めていることを実証した。意識的な決定が脳過程に先行するという考えは、意識がいわば無から出現して、脳内の物理的事象に影響を及ぼすことができることを意味する点において、魔術以外の何ものでもないとの著者の主張は正しい。
夢とは何か。夢とは、結局、記憶に残っている多様な断片から、目覚めた後に一つの物語を紡ぎ出したものであり、実際に紡ぎ出された物語は多数の可能な物語の一つにすぎない。したがって、夢とは「遡及的選択」の結果であり、実際に見た夢など存在しない。
意識については、「私はいま、意識があるだろうか」と問うときはいつでもイエスの答えが得られるが、問いを問うていないときには、意識を認識できないという事実から出発するしかない。
「私はいま何を意識しているか」といった問いを問うことで意識が生じてくるという本書の結論は、平凡であるが、これ以上の答えはないと直観する。